Ⅻ 芳香
オーティスは将来の義父母と共に騎士に囲まれていた。けれど正直に言えば3人とも心の中でこう思っていた。
(あぁーそうきたかー)
はっきり言って、ガラニス家の令嬢の婚約において厄介な問題が起こることは想定済みだし、婚約披露パーティーの事を考えればそろそろ来るかなー?位には思っていた。けれど自身だけではなく、多くの卒業生達の晴れの日に投下してくるとは少し予想外だった。
ガラニス伯爵がチラっと国王陛下に目を向けると、少し申し訳無さそうにしているように見えた。
明らかに多くの卒業生達やその父兄達がざわざわとし始めている。当たり前だ。自らや子の晴れの舞台で第二王子がなにやら弾劾を始めたのだ。アイリーンを始めガラニス伯爵家、ドゥーカス公爵家の人間は人前に引きずり出されて晒されていい迷惑だ。
そのドゥーカス公爵令嬢が先程殿下を落ち着かせ、止めようと動いてくれたけれど殿下はそれを振払いこちらにズンズン歩いて来る。
「義父上、どうしましょうか?」
「国王陛下も王太子殿下も対処して下さっているようなので様子見としようか。アイリーンには魔法制御のネックレスを渡しているからそれでどうにかなると良いが」
生徒達の間を縫ってアイリーンが慌てて向かって来ているのが分かった。アイリーンの事はどんな群衆の中にあっても見つける事が出来た。
けれど、人生で初めて自分たちの方へやってくるのはやめてくれと思った。
アイリーンは自分たちをみて急いで向かって来てくれているのは分かるが、ものすごく嫌な予感がする。
「あらまぁ」
義母になるガラニス伯爵夫人がアイリーンにそっくりなその美しい顔をやや強張らせる。さすが20年前の当事者達である。今後の事を俯瞰しているようだ。
「殿下、殿下。おやめ下さい」
アイリーンが華やかな声にやや焦りを滲ませてエイラン殿下を止めた。
「あぁ、アイリーン。」
「不躾にお話する失礼をお許し下さい。ですがかねてより私の事は家名で呼んで頂きたいとお願いしたはずです。」
うっとりとした殿下に対してアイリーンはピシャリと答えた。
「まだそんなに他人行儀な事を言うのかい?私は貴女と共に生きたい。どうか頷いてくれないか?その愚鈍な男の為に操を立てなくても良い」
「…愚鈍?」
「彼が私に優っている事があるか?家柄?容姿?それとも魔力か?その能力で何か貢献出来たのか?」
「…」
アイリーンは薔薇色の美しい唇を強く噛み締めて押し黙っている。その表情さえも扇情的だ。婚約者であるオーティスでさえ動悸が起き、クラクラとしそうだった。そして芳香が漂っている。
「そんな男は貴女には釣り合わない。」
「…違います。」
オーティスは強力な魅了の力が充満し始めるのを感じた。凄まじい芳香が漂っているのはそのせいだ。
「そんな価値のない男は捨て置くのだ。私も貴女の為にソフィアを捨てよう。可愛げのない女だ。」
「…オーティス様は私の愛する人です。そしてソフィア様は私の大切なお友達です!!!私の愛する人たちを悪く仰るのはやめて下さい」
「悪くなど言ってない。あの男の真実を知らせて貴女に目を覚まして欲しいのだ」
「殿下はご存知ないのです。オーティス様がどれだけ努力を重ねた才能溢れる素晴らしい人なのか。オーティス様は愚鈍などでは決してありません!!撤回なさって下さい!!」
アイリーンが声を震わせて答えると同時に彼女のネックレスの石が弾け飛ぶのが分かった。それと同時に何人かの男性がフラフラと座り込む様子が見える。
「…まずいぞ」
ガラニス伯爵が呟くのが聞こえる。アイリーンから放たれる魅了の力を感じ取れるのはここにいる人間の中ではガラニス伯爵とオーティスだけだ。特に王国一の魔法制御の使い手がマズいというのだから相当にマズい。そもそも制御の付与されたネックレスの石が割れる事例など聞いた事がない。アイリーンの力は伯爵の想像をも超えていた。
「なぜだ?王子である私が共に生きたいと言っているだろう?どうしたらいい?どうしたら貴女を私の物にできる?」
殿下は大声で言うとそのまま「うわぁぁぁぁぁ」と絶叫した。




