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狗患い  作者: 青沼がざみ
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爆発

「ああ、帝都が壊滅したという新聞を読んだ時は肝を潰しましたよ。ここはあまり揺れなかったけれど」


「酷いものです。僕の家は皿が割れたくらいで済みましたが、本所の方はおびただしい死体の山ができて、二重橋前の大きな広場は地の底まで見える地割れ。父も復興のため粉骨砕身しておりますが、日比谷の警視庁が炎上し、威信が失墜した代わりに軍部が幅を利かせているとのことで、仕事がやりにくくて困っているそうですよ」


「まあ……」


 洗練された身振りで悼む、田舎に似合わぬ芸者。先だっての妾も芸者上がりだった。着物の着こなしや姿勢の良さだけみても吉野の方がはるかに熟達しているようだが、父の妾のような激情を彼女も抱えているのだろうか。


 その時、轟音とともに家が揺れた。耳鳴りがする。あの地震を経験した僕は一番初めに立ち上がり、きいを引っ張って縁側から裸足で庭に出る。離れから煙が上がっていた。


「時さん!? 地震ですか!?」


「地震じゃない! 離れで何かが爆発したみたい! 皆動けてないからきいちゃん手伝って!」


 半泣きのきいと離れに走る。離れにはちろちろと火が回り始めていた。肉の焼けた臭いが酷い、いや獣臭だろうか。


 服の袖で口を覆い、割れた窓から室内を覗くと、雑多が積みあがった空間の中、あの地震で既に見慣れた、足元の焼けて折れて潰れて、それでも人の形とわかる塊がぐんにゃりと倒れていた。死体である。足に獣のような噛み傷がある。体型から推測するに、男。

 服装から察するに、


「次郎伯父様!」


 床に散らかる書籍などを蹴飛ばし死体の足を肩にかつぐ。嫌がるきいにも片足を持たせ、それこそ火事場の馬鹿力で、死体を引きずりだした。


 その時、本邸の奥から、何か遠吠えのような音が聞こえた気がしたが、すぐ耳鳴りに紛れてしまった。



 運よく小雨が降り、小火は収まった。

 元は豪農である地主の次男が奇怪な死に方をしたというのに、兄である当主は出てこない。松も吉野も武子伯母も、葬式もろくに上げず、内密に済ませるつもりらしかった。誰も泣く人がいない、弔問もない、人が死んだ家の異様な静けさ。


「部外者が口を出すな! あんなすねかじりの倅、葬式なんぞは勿体ねえ!」


 控えめに、父に連絡を取ろうかと松に伺ったが、けんもほろろに断られてしまう。


「時太郎さん、ごめんなさいねえ。次郎さんは家業を手伝わない方で、狩猟が趣味だったのだけれど、あの人の命を取る遊びを、義母はうとんでいたようで……」


「でも、何かが爆発して死んだんですよ? 明らかに事件性があります。湯灌でもして証拠が消えたら」


 僕は仏間に安置された次郎伯父の足首を指さす。足首は砕け、大型の噛み傷が弧を描いていた。


「……そうね、野良犬かしら。山狩りをしないとね」


 疲労の色が濃い吉野の薄い唇からも、妙に空虚な言葉がまろび出る。結局、隣町からやってきた巡査も早々に帰され、伯父の死は事故扱いとなった。


 部屋に戻って休んでいるきいに話しかけた。


「きいちゃん、父親が医者って本当なの?」


 憔悴したきいがのろのろと振り返る。


「ええ……瞽女をして方々を巡っていた母と、里帰り中の医学生だった父の過ちでこしらえられたのがあたしです。母も、憑き物落としをしていた祖母も失明していて、これは宿業だと諦めていたのですが、父が『娘のこれは栄養不足からなる病』だと見抜いて薬をくれたので、あたしは辛うじて目が見えます。苗字もくれない父ですが、病院で父の仕事を聞いていた経験が、今活きているわねえ」


「ねえ、持ってるお医者様の知識を使って、次郎伯父様の傷を調べてほしいんだけど」


 露骨に顔をゆがめられる。


「堪忍ですよう、あたしだって本物の女医じゃないんですから」


「そこを頼みます、ね、お願い。僕は村で聞き込みをしてくるから、その間に」


 きいが了承する前に駆け出した。


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