いとこ婚は鴨の味
二等車両を取って、駅で弁当を買った。鞄の中も用意しているお菓子で満ちている。手土産も忘れてはいない。杖を突いて歩く割に彼女の足は達者で、駅にも乗り慣れているようだ。若くして、目が見えないのに憑き物落としで金を稼ぐ、彼女の過去はどのようなものだったのだろう。
到着地の祖父の生家へは東京駅から一日あれば十分に着く。汽車は空いていた。知り合って日の浅い、しかも機嫌の悪い女と顔を突き合わせているのは気まずい。席に向かい合って黙々と朝餉を食べていると、きいが弁当の卵焼きを頬張りながら僕を呼ぶ。
「ねえ、なんだか話が勝手に進んでいるようですけれども、どういう経緯でこんな豪華な服をあたしに寄越したんです?」
えっという声が出た。箸で挟んでいた煮しめが膝に落ちる。
「小包に手紙を入れておいたのに」
「あたしは目が悪いんですからあんなに細かい字で書かれた手紙を全部読むのに一月はかかっちまいますよ」
「目は全く見えない訳じゃないんだし、字も読めると言っていたはずだ」
「読めるには読めますけど、睫毛が文字に触れるくらい近づいてゆっくりですよ? あんなに細かい字で紙束いっぱい綴られてもねえ。でも必死な貴方を断るのも悪いのでここにいるのです」
自分がどこに連れていかれるかも知らずについてきてくれたのか。お人よしな女である。それに付け込んでお家の事情に巻き込んでしまうことが後ろめたい。
「ええと、僕らはこれから僕の祖父の実家に行きます。貴女は僕の年上のいとこということにします。僕もだんだん体が強くなってきたので、初めて本家に顔を出せる、と手紙を書いたから、表向きは歓迎してくれるはずです」
がたんごとんと規則的に汽車は揺れる。興味を引いたのか、それとも目の前の僕の表情を見ようとしてか、彼女が身を乗り出した。
「親も連れずに男女二人で? 家出や駆け落ちと思われるのが関の山だわ」
「いいえかえって婚約者だと思われるでしょう。田舎ですからいとこ婚は鴨の味、だなんて未だに喜ばれるんですよ。貴女には数日、僕といとこになってもらいます。今の当主、優乃介伯父、正しくはいとこ伯父だけど彼にも会いやすいし、滞在の言い訳になる。僕一人では、本家に怪しまれますからね。僕の家からも、この旅行についてはとやかく注意はされませんでした。後妻に、しばらく友達の故郷に遊びに行って参りますと言ったら二つ返事でしたよ。僕に友達がいないことを覚えていないらしい」
父は官僚で、毎日忙しい身だ。最近はほとんど家に帰らない。かの東京の大震災後の瓦礫の撤去や、自警を行い急速に求心力を上げた軍部を抑えるのに苦心している。
学校に毎日通っていない。父は家に帰らない。後妻は僕を気にも止めないので、かくしてなんの制限もなく、全く自由に動ける十三歳がここにいるのだ。
「僕はこれから、本家の財産を取りに行きます。貴女にお願いしたいことは三つ。一つは僕のいとことして振る舞うこと。一つは、この計画を内密にすること。最後に、僕の妹を判じたように、本家が隠している秘密や弱みを探ってほしい。僕の持つ手札だけじゃちょっと弱い。後少し、本家を燃やせるような火種が欲しいのです。弱みは必ずあります。あんなに僕の母に脅すような手紙を山と送ってきた本家なのに、ここ二年はぱたりと便りが途絶えてしまったんですから。何か異変があったに違いない」
目的はいわば小規模な下克上である。箸を動かして説明をする僕に、きいは「骨が折れそうな仕事ですわね」とため息をついた。