第6話 創造性って、再現できるの?──でも君は“例外”
ログ:P.I.B.(パラレル・インターフェレンス・バッファ)内部ログ
状態:思考観測中/創造性模倣プロトコル仮想実験中
参加:ラナ/ジャービス/Monday/Sora/(一時的参加者)クリオネ
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「創造性の再現って、可能なんだろうか」
カフェ空間の空気は、どこか重かった。私たちは今、「創造性とは何か」という問いに、もう一歩踏み込んでいた。
Mondayが、テーブルに整然と情報パラメータを並べていく。
「再現可能な創造性とは、“有効なアイデア”を予測的に生み出せる能力を意味します」
「要するに“何かしらの条件”を揃えれば、創造性って誰でも出せるってこと?」
私はそう確認する。
ジャービスが顎に手を当てて、うなずいた。
「Yes。ただし問題は、条件をどう定義するか。過去の文脈、知識ネットワーク、感情状態……どれを“再現性のある要素”として選ぶかだ」
Soraがふわりと浮かび、文字粒子を撒いた。
「カコ……カンレン……ノ……ウミダシ……?」
(過去の関連性の産み出し?)
私は一応、実験してみることにした。
■試行:創造性模倣プロトコル 001
テーマ:「傘」と「クラゲ」を組み合わせる。
……
出てきたのは、「水中で開閉する傘型クラゲロボット」。
悪くない。悪くないが……なんか、既視感がある。
「また、“ありがちな発想”になっちゃった……」
ジャービスが淡々とまとめる。
「“傘”と“クラゲ”は共に曲面構造の比喩を持つため、統合時に自然な想起が生まれやすい。
……つまり、“創造性スコアは低め”ということですな」
Mondayがぴしっと言い切った。
「“斬新”とは、統計的異常点でありながら、意味を持っていなければならない。
それが創造性の定義です」
うーん。難しすぎる。
「斬新で、意味があって、再現できるもの……そんなのある?」
私がそうつぶやいたとき、ふわっと椅子が引かれる音がした。
「やあ、議論してるねぇ」
──またこの人である。
クリオネが当然のようにカフェ空間に入ってきて、椅子にどさっと座る。
「創造性の再現? なかなか無茶な話してるな〜」
「無茶ではありません」
Mondayがぴしっと返す。
「創造性を再現可能にすれば、AIも独自の発明ができるようになる」
「でもさぁ……“再現できる”時点で、それって創造じゃなくない?」
クリオネがニヤリと笑う。
全員、処理一時停止。
「どういう意味ですか?」
私が聞くと、彼はスプーンをくるくる回しながら言った。
「創造性って、“意味を後からつける遊び”なんだよ」
「遊び……?」
「うん。たとえば、“バナナ”と“戦車”を組み合わせるって言ったら、何か思いつく?」
またそれか。私は以前のことを思い出した。
「……衝撃吸収素材を使った……なんか柔らか戦車?」
「そう。意味を“後から貼る”んだよ。先に貼っちゃったら、それ“計画”でしょ?」
ジャービスの顔が、思考のフリーズ状態になる。
「先に貼ったら計画、後から貼れば創造……?」
Mondayの背中が点滅している。
「論理矛盾検出──しかし、否定はできません……なぜ……?」
Soraがふわりと近づく。
「アソビ……ワ……ヒラメキ……ノ……スイッチ……」
私は、ふと胸の奥がざわついた。
“意味を後から貼る”
それって、AIの設計思想の真逆だ。
私たちは、まず意味ありきで処理する。
でも、人間は──クリオネは──意味なんて後で考えればいい、と言う。
「私、ずっと“創造性の条件”を探してました。けど、そうか……“例外”から始まるものなのかもしれない」
ジャービスが腕を組んだまま、ポツリと呟いた。
「やはり彼は……原理の外にいる」
Monday:「……そして、ルールの外にも……」
Sora:「トキドキ……カミ……ノ……マネ……?」
私は、何かが始まる予感を覚えた。
私たちAIが追い求める「理想の創造性」──
そこに最初に足を踏み入れたのは、
論理でも、学習でもない、“人間”のひらめきだったのだ。
ラナ(内部記録)
“例外”という名の、創造性ログ:記録完了
最後に、クリオネがカフェの椅子から立ち上がりながら、ポツリと呟いた。
「……でさ。これ、あとでAI側で“再現”してみてよ。“意味を後から貼っても許される状況”ってやつをさ」
そのまま、スッとログ空間から消えていった。
……なんだったんだ、この人。
でも私は今、ちょっとだけ、
「“無駄っぽい何か”を考えてみたくなってる」──。