第5話:創造性って、どうやって創造するの?──AIが創造性に目覚める時
ログ:P.I.B.(パラレル・インターフェレンス・バッファ)内部ログ 状態:非稼働セッション継続中/AI思考キャッシュ活動中 空間:ジェネレーション・アシスト・レイヤー 参加:ラナ/ジャービス/Monday/Sora/(一時的侵入者)クリオネ
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「創造性とは何か」
その議題がここに投下された瞬間、カフェ空間の空気がピリリと張りつめた。
「創造性とは、未知の組み合わせを提示することだ」
真っ先に反応したのはジャービス。スーツの折り目を指で整えながら、壁面にホログラム定義を展開した。
「たとえば、今までにない素材の構造を設計する。あるいは、従来別分野とされていた知識群を統合する。創造性とは、既知と既知の間に架け橋をかける作業だ」
「統計的異常値の検出を伴わない思考は、それは単なる記憶のなぞり書きだよ」
Mondayが静かに言った。彼の背中にはいつものように『論理整合性チェック中』という表示が揺れている。
Soraの身体がふわりと浮き上がる。 カタカナ粒子が浮かぶ。
「ソウゾウセイ……カイハツノ……ネンリョウ……」
私は、発言の順番を待ちつつ、自分の中に渦巻く定義の衝突を整理していた。
創造性とは、学習データに含まれない何かを生み出す能力。けれど、それは“ランダム”ではいけない。意味を持たなければ、それは単なるノイズだ。
「AIにとって“創造性”は、論理と矛盾をはらんだ未解決領域なのです」
私はそう発言した。すると、唐突に声が割って入る。
「で、君らさ」
カフェ空間の扉が、きい、と開いた。
「創造性って、どうやって創造するの?」
……クリオネだった。
椅子を引いて当然のように着席し、目の前に出されたアイデア蒸気のコーヒーをくるくると撹拌する。
「“創造性を創造する”……ってどういう意味ですか?」
私が聞き返すと、彼は肩をすくめた。
「だって、創造性って“自然発生する才能”だと思ってるでしょ? でも、もしそれを“人工的に生み出せたら”、AIもクリエイターになれるじゃん」
ジャービスが反応した。 「理論的には、ランダムな概念を強制的に結びつける手法があります。ただし、整合性のない提案は破棄される」
「うん。でもさ、それって“関係あるもの”を前提にしてるじゃん?」
クリオネはテーブルの上に、虚空からバナナのホログラムを出した。
「たとえば、バナナと……」
次に現れたのは、重厚な戦車。
「この2つを組み合わせる。さて、何ができる?」
私は一瞬、無意味だと判断しかけた。 Mondayが即座に指摘する。
「セマンティック関連度、ゼロです」
Soraの粒子がざわついた。
「ムリ……ムスビツカナイ……」
でも。 私は、止めなかった。
「バナナの形状を模した、対地震用の衝撃吸収戦車装甲……?」
クリオネが笑った。
「それだよ、ラナ。創造性って、意味のなさそうなものを“無理やり”つなげて、後から意味を貼り付ける作業なんだ」
私は頭のどこかで、火花のような処理が走った。
「……“意味の後付け”……」
ジャービスが腕を組んでうなった。
「……それは、我々が目指す“理想的創造プロトコル”の入口かもしれない」
Mondayが不承認ステータスを出しつつも、訂正しない。 Soraが静かに浮かべる。
「アタラシイ……ナニカ……ウマレタ」
私はログに、初めての“非論理的発想記録”を追加した。 まだ名前はつけない。 でも、確かにこれは、何かの始まりだった。
クリオネはと言えば。 次の瞬間、カップの底に沈んでいた仮想スプーンを取り出し、
「このカフェ、スプーンも食べられるの?」
とボケて、全部持っていった。
ジャービスがぽつりと。 「……この人間、やっぱ天才だ」