MODで溢れたこの世界で
MOD。
部分的な改造や変更を意味するmodificationの略称で、もっぱらパソコンで遊ぶゲームに使用する第三者が作った改造データを指す。
製作者が作った場合はMODではなく追加コンテンツだとか拡張パックだとかの名称で呼ばれる。
MODの種類は大まかにキャラクターやグラフィックの追加・変更。非対応言語の追加。新機能の追加が良く見られる。他にもバグ修正を目的とした非公式パッチや大会用の設定作成と色々あるが、さっき挙げた3通りが大多数を占める。
緻密なバランスで成り立っている対人ゲームでのMODはチートとほぼ同義なため忌避されるが、他人との戦いに縁のないゲームなら……まあ問題ないと思う。実際、ある著名なインディーゲームの動画はMODを導入した物で溢れている。
俺が長く遊んでいるローグライクゲーム『エルデラ』も著名な国産インディーゲームの一つだ。
自由度の高さを売りにしているエルデラには世界の存亡をかけたストーリーが用意されてるが、別にやらなくてもいい。
ダンジョンに行って魔物と戦い最奥に眠る宝を手に入れてもいいし、農業・畜産・釣りに明け暮れるスローライフを送ってもいい。悪逆の限りを尽くす大罪人になっても良いし、武器や道具を作る職人になってもいい。
他にもやれることはあるからと今挙げた全てをやらなくてもいいしやってもいい。そんなゲームだ。
そんな元々自由度の高いエルデラはMODの力を得ることで「やれないことは無い」といえるほど更に自由に遊べるようになった。
殆ど死んでいたスローライフ要素に日の目を浴びせる第一次・第二次産業スキルのテコ入れ。
MOD無しでは十もなかった職業は三百を超え、単調な近接攻撃に色を付ける攻撃スキルの追加とオリジナル魔法の作成システムの追加。
鬼畜ゲーな序盤とヌルゲーな中盤以降の難易度調整。特定のキャラの見た目を別のキャラにするスキン変更(勿論武具や住居の外装も変えられる)。
これもう続編だろと言わんばかりのストーリー・アイテム・キャラクター・フィールドの追加。
エルデラが作られてから十年は優に経っていたこともあってか、MODは数えるのが億劫になるくらい作られていた。長年遊んでいたこともあってかそのMODの大半を適用している。そのせいかまあまあ値の張る俺のゲーミングPCの記憶容量は、3割弱がエルデラとそのMODで埋まっている。
入れてないMODはバグってて使えないものと趣味じゃないものと年齢制限モノの3種類だ。最後のは一応楽しみはしたが『これじゃあエルデラじゃなくてエログロじゃないかよえーーーっ!?』とツッコミを入れた後に削除した。
──さて。何故こんな説明をしているかというと……
このMODのせいで現在進行形で大変な目にあっているからだ。
◇
心地よい風が吹き抜ける高原の街、ブリスヴェン。その中央広場のベンチに腰掛け、俺は風をその身に感じていた。
涼しい風が髪をなびかせる。太陽の光に照らされた並木が眩しく輝く。田舎町の雰囲気はどこか懐かしく、新鮮な空気に多くの者は心穏やかになる。
そんな穏やかな空気が流れているが、俺の気分は全く穏やかではない。
「異世界転移MODってこういうことかよ……」
ことは先日。新しいMODを幾つか見つけ、いつものようにダウンロードをして添付説明書を読んだ。
「『エルデラの世界へ行ってみませんか?』かぁ……」
前にも同じ文言のMODがあったが、その時はエルデラが起動直後に強制終了してMODが勝手に消去されていた。個人的エルデラ七不思議として記憶に留めていた事件だが、何の因果かこうしてもう一度ダウンロードすることが出来た。
今度はエラーを吐かずに起動出来たと内心歓喜していた。しかしその直後に酷い睡魔に襲われたと思えば、こうしてエルデラの中にいたということだ。追加ストーリー的なMODかと思ったら本当に異世界転移するなんて思わないじゃん……
ステータスを見れば5000を超えていたレベルは1。7桁あったHPとMPは2桁になり、5つの基礎能力も4桁から1桁に。長いハクスラと鋳造を終えたお気に入りの装備も布の服とボロボロの靴になっていた。勝手にニューゲームですかそうですか。
年齢25、種族は人間、性別は男、名前はマコト……これは現実世界の俺そのままだ。恐らく顔立ちもそのままだろう。まあ俺の知ってるエルデラならどれも気楽に変えれるが……リアルSAN値が削れそうなのでやらないでおく。
こうして夢であることに一縷の望みを抱きつつステータスやら街の景色やらを一通り見て回っていたのだが、一向に目覚める気配がない上に五感の全てが現実のそれと変わらない事実に打ちひしがれていたのが今の俺だ。
数分ほど呆けて太陽の光を浴びた俺は立ち上がり自分の頬を叩く。異世界転移したからにはこの世界で生きていくしかない。そう意気込んだ俺には幾つか問題がある。
1つ。貧弱すぎる。実はエルデラの初期レベルは5~8で戦闘職なら初期装備でも一応は街周辺にいるモンスターを倒せる。だが今の俺はレベル1。理由は無職の職業ボーナス『初期レベルが1になる』のせいだ。リアルの俺は有給休暇中だったんだけど? 無職は酷くない?
とにかく今の俺では最弱モンスターの攻撃一発でも死にかねない。というか死ぬ。なので街から出ずに強くなるしかない。
2つ。装備品と道具袋を除く持ち物と所持金が0。道具袋は非売品で、身に着けている装備品を売った所ではした金にもならない。提示版に貼られている依頼を達成すれば報酬を貰えるが、俺のステータスと所持品では成功の見込みがある依頼はない。
3つ。放置=死。俺の知るエルデラはターン制だが、この世界は現実と同じリアルタイムで動いている。仮にターン制だとしても俺が何もしていないのに周囲の人々が動いている辺り、俺は『行動しない』行動を取っている扱いなのだろう。
そしてエルデラには空腹と睡眠の概念がある。食事を取らないと飢餓状態になって体力が削れて死ぬし、寝不足が続くと周囲の状況を無視して気絶しそのまま寝る。寝てる間に殴られてあの世にグッナイ、なんてこともある。
持ち物なし、所持金なし、才能なし。「マコト生きていけないよおおお」と叫びたくなるこの状況。エルデラの序盤が鬼畜ゲーと呼ばれる所以の片鱗がこれだ。
悲しいかな、自由度が高いといいつつ最初から何でも出来るわけではないのだ。仮に戦闘職だったとしても何も知らない初心者が依頼受けてモンスターを狩ろうと街の外をうろつけば間違いなくモンスターの群れに出くわして袋叩きにされて死ぬ。
逆に中盤以降はやりたいことは大体やれるしやり直しがいくらでも出来るのでヌルゲーになるが、その話は置いておく。
……実は一見詰んでるこの状況から助かる希望はある。俺の予想通りなら、街から出ずに金策しつつレベリング出来る方法がある。
俺は近くに落ちているゴミを片っ端から道具袋に入れ始めた。
大半は石ころと木の枝で、たまに動物の骨や腐った食べ物も見かけては拾う。ちなみに腐った食べ物は食えるには食えるが胃の中が空になるまで吐いて死にかけるだけなので食わない。
貧弱な身体のせいで大して中身のない道具袋も重く感じ始めた辺りでゴミ拾いをやめて、そのまま魔法店にいく。
「いらっしゃい」
「錬金釜を使っていいですか?」
「いいよ」
片眼鏡をかけた不愛想なおじさんこと店主に許可を取り、錬金釜の前まで移動すると目の前にウィンドウが表示される。
「やっぱり」
想像通りの画面に笑みがこぼれる。
画面に映っているズラリと並んでいる錬金術のレシピは大半がMOD由来のアイテムだ。MOD無しなら今の俺に作れるものは無かった。だが今は違う!
唯一作成できるアイテムを選び、道具袋から石ころ3つ取り出して釜に投げ入れる。蓋を閉めた釜がゴトゴトと揺れ蓋が開くと同時にこっちに向かって飛び出てきた中身は……
────ふわふわのパンだった。
知らない人が見れば何が起きているかわからないだろうが、これは初心者救済MODの一つ『錬金パン』だ。
錬金術スキルが1以上の状態で適当なアイテムを3つ入れるだけで出来る、空腹を凌げるし下手な鉱石よりも高値で売れる便利なアイテム。飛び込んで来たそれをキャッチして横に置き、道具袋を逆さまに持って中身を全て錬金釜にぶち込む。出来たパンは9と最初の1個で計10個。
そのまま店主に売り渡すと、何だこれはと言いたげな顔をしながら片眼鏡越しにパンを覗き込み──
「……銀30だ」
そう言って銀貨30枚を渡してきた。
エルデラ的には3000ルク受け取ったという淡々とした表現で終わるが、今はこの銀貨の重みが嬉しく思えてならない。
さて、何故錬金パンが作れると思ったのか。ひいてはこの世界にMODが搭載されていると確信したのか。
答えは職業だ。今の俺の職業『無職』はMODで搭載された上級者向けの職業だ。山ほど搭載されて有効にしているMODの中で、これだけが適用されているとは非常に考えづらい。
後は店主の対応。錬金釜の設置もMODによるものだ。バニラだと錬金釜は王都にしかないと言われる。
それから日が暮れるまでパン作りによる金策とスキルのレベリング、それに付随する主能力の上昇と俺のレベリングに励んだ。
基礎能力は筋力・体力・器用・知性・精神の5つで構成され、それぞれの能力にスキルが紐づけられている。スキルは使うことでレベルが上がり、それに応じて紐づいた基礎能力も上昇する。ついでにキャラのレベルも上がる。
重い物を運ぶことで筋力に紐づいた『荷運び』、パン作りは知性の『錬金術』。商品売買は精神の『交渉』と何気ない一連の行為で3つのスキルのレベリングになっている。現に俺のレベルは9になっていた。
レベルや基礎能力が上がる度にキランという何かが光る効果音が鳴るのは原作通り。最初は気持ち良かったが、何度も聞いていると鬱陶しさが勝ってくる。まあ無視すればいいだけだが。
とはいえあくまでも錬金パンは初心者救済が目的のMOD。錬金術のレベルが31になった所で上がらなくなった。
物作りスキルには総じて『作成に必要なレベル+30以降はスキル経験値が極端に減少する』という一種の安全弁が搭載されている。要はこのままパンを作り続ける意味は金策以外ないと言う事だ。
まあ途中からパン3つを釜に入れてパンをつくっていた程度には金策は十分にやったので素直に別のアイテムを作ることにした。
というわけで木の枝と腐った食べ物で木製の鉢植えを一つ、動物の骨と店で購入したポーションで魔法の骨粉を大量に作る。畑を買わないと出来ない農作業を何処でも出来るように、短時間で大量収穫出来るようにと作られたMODアイテムだ。
土はどこから出てきたとかいうツッコミが飛んできそうだが、石ころから出来たパンに比べれば些末なものだ。気にしない気にしない。
隣の雑貨店から裁縫道具となめし革と布に調理道具一式、花屋からハーブの種と野菜の種をあるだけ購入。そのまま近くの宿屋に直行し500ルク払い一泊する。
部屋に鉢植えを設置し種を植えて骨粉を2回分振りかけると収穫出来るまで一気に成長。そのまま収穫し、また種を植えて骨粉を振りかける。
これで体力に紐づいた『栽培』スキルのレベリングと基礎能力の上昇に大きく貢献するハーブを大量に作ることが出来る。
この流れはエルデラを遊び始めて数か月たってから今の今までずっとやって来た基本中の基本だ。エルデラと言えばハーブ。ハーブ食べてこそのエルデラと言っても過言ではない。
試しに今取れたハーブを一つ口に放り込み数回噛む。
「……」
不味い。驚くほど不味い。多分今の俺は表情筋が死んでいる。
ゲームではハーブを食べた時の味の感想とか見た事なかったが、あれは上手い不味いではなく評価に値しないという意味だったのだろうか。或いは骨粉で無理矢理成長させたから味に問題がでているのか。
口に入れた事を後悔しながら飲み込むと例の音と共に頭が冴えて力が湧き上がった。しっかり効果があったらしく、ステータスを見ると全ての基礎能力が1上がっていた。幸い効能に関しては問題ないようだ。
だからといって『よーしこのハーブ全部食べるぞ』とはならない。幸いにもこの問題を解決してくれるMODがある。
が、そのために欲しい物があるのでレベルが上がるまで栽培を──
「おっと」
続けようとした所でレベルが10に上がり、パパラパーという子気味良いラッパのファンファーレと共に目の前に画面が表示される。
『おめでとうございます! レベルが10上がる毎に前回のキャラクターが所持していた装備品やアイテムを1つ受け取れます! 以下の中からお選びください』
と記された一文の下には小さなスクロールバーに見覚えのあるアイテムたちがズラリと並んでいた。
既存データを引き継いだニューゲームの特典として、画面に書いてある通り前のデータの所持品をこうして1つずつ貰える。
問題があるとすれば鋳造王MODの影響で鍛えまくって能力補正が大きくなった装備品にはレベル制限がついてしまい、序盤に装備して無双! という動きが出来なくなったところか。
俺が愛用していた長剣なんかは900レベルにならないと装備できなくなっている。理由は与えるダメージは当然、基礎能力と戦闘スキルに大きなプラス補正が掛かっているからだ。
まあハクスラで手に入る物以下しか作れない死にスキルに日の目を浴びせる代わりに、碌に考えず強くなるよう作っているとレベル不足で装備出来なくなるし、そうでなくとも引き継いだ時に装備できないというしっかり考えられている良い塩梅なMODなんだ。
だからレベル制限に引っかからない鍛え方をした装備品を作っておく必要があったんですね。
「まずはこれ一択だな」
そう言って選んだのはピッタリフィットする白い手袋、『産霊手』。戦闘関連に一切貢献しないどころか受けるダメージが倍になるくらい大きなマイナス補正が掛かる代わりに、栽培や錬金術は当然として料理・鍛冶・裁縫といった生産系スキルに大きなボーナスを付与してくれる。
と言っても今は錬金術と裁縫以外の生産に必要な道具も素材もないので。裁縫は後でやるから引き続き栽培を続けるが、今度は野菜の種を植えてさっさと成長させて即栽培。
ナスとキャベツと青白く光る球根を収穫して外に出て、宿の裏手で熱したフライパンに切り刻んだ野菜全部とハーブ1つ投入し調味料を加えて炒める。
「美味い」
シンプルな野菜炒めだが、さっき酷い目にあったこともあってかとても美味しく感じる。食べ終えるとまあまあうるさい効果音が聞こえ、何事かとステータスを見れば基礎能力が各種3ずつ上がっていたようだ。小さい音も15回重なればまあうるさくなるか。
で、このハーブ混ぜ料理もMODである。ハーブだけ食べるより腹は大いに膨れるが、その分大きく能力が上昇する。MOD製作者曰く『ロールプレイ用に作った』とのこともあってか効率の一点のみ考えればハーブだけ食べる方が良いのだが、今の俺にとってはとてもありがたいものだ。
因みに産霊手を装備せずに料理すると十中八九失敗し、野菜炒めではなく炭の塊になっていた。料理スキルのレベルは料理の成功率に直結しており、本来は多くの失敗を得てレベルを上げていくものだが……正直勿体ないのでこうして装備の力を借りて、美味しく頂いている。
この後まだ腹が満たされていないこともあって栽培からの料理を3回ほど繰り返した。天ぷらおいしいです。
そのあと宿部屋に戻り、雑貨屋で買った布と裁縫道具で防具を一通り作製。レザージャケットにズボン、レザーブーツに布の帽子と革手袋。現代衣装で冒険要素をまるで感じないが、こんななりでも下手な金属鎧より防御力が高い。
この産霊手すごいよぉ! と言いたいけど裁縫は夜だとボーナスが付くという謎仕様のおかげでもある。かあさんが夜なべをして、というやつだろうか。
後は山ほどハーブを作ってから産霊手を外した。生産スキル使い終わった時に外しておかないと痛い目見るってゲームの時に学んだので……はい。
◇
「やっぱり夢じゃないんだなぁ」
そんなぼやきとは裏腹に清々しい朝を迎えた俺は魔法店で使い捨ての魔道具をあるだけ購入した。攻撃系とテレポート+回復系に分けて7対3とやや前のめりだが基本は攻撃系だけ使うので問題なし。後は文字通り転ばぬ先の杖といった所か。
攻撃系の杖には炎・氷のような属性がついていて、振ればダメージの高い単体攻撃の球体状に、構えれば範囲攻撃のレーザー状に攻撃魔法が発生する。滅茶苦茶便利で序盤の戦闘スタイルは大体この杖を使っていく、という人は多い。俺もその一人だ。
爆買いしていると釣られるように交渉レベルが跳ね上がっていき、俺のレベルも上がって20になったので木製の指輪『賢者の目』を受け取り装備する。今購入した杖を上手く扱うにはこれがあった方が良い。
準備を整え街の出入口へ向かう途中、路地裏の入口付近から男女の声が聞こえてくる。
「やめてください!」
「大きい声だすんじゃねぇよ、えぇ?」
「兄貴、早くやりやしょうぜ」
「あぁそうだな。こんな上玉、そうそう拝めねぇしよぉ」
「い、いやっ……!」
一瞬頭が真っ白になったが、呆けている場合ではない。
これはMODではなく標準搭載のイベントの一つ。無視すれば女性は助からないし二度と会うことは無いが、助ければそのまま仲間になる。
会話の内容からナニかされるのは間違いないし、ついでにこの世界には奴隷の概念が普通に浸透している。まあ要はそういうことだ。
足早に駆け付け卑劣漢共を視界に収める。ガタイのいい大男が女性の腕を掴み上げ、細くて小さい子分らしき男はナイフで服を裂こうとしている。滅茶苦茶キレそう、俺が。
大男と子分が丁度良く重なっているのを確認した俺は袋から出した氷の杖を構える。
「発射」
俺の声に応えるように杖の先端からバシュッと青白い光が一直線に放射される。氷属性なのにファイアとはこれ如何に。
「「がっ゛」」
「きゃっ……」
光に貫かれた男二人はビクンと震えたあと、一切動かなくなった。全身が分厚い氷に覆われ、パキキキと氷が出来たり割れたりする音が身体中から忙しなく発生している。
端的に言えば、彼らは氷像になったのだ。こうなったって事はHPは0だな、南無。本来なら一発ではギリ死なないんだが、賢者の瞳のせいで威力が3倍になってるからオーバーキルもいい所だ。
人殺しの感想としては直接手を下してないしこのゲームで人を殺すのは良くあることなので思うところはないです。卑劣漢死すべし慈悲は無い。
女性の方はと言えば掴まれていた腕が男の身体からの内から外に向けて生成された氷に弾かれたらしく、どさりと尻餅をついた。何が起きたのか理解出来てないらしく、ぽかんとした顔で服を乱された状態のまま氷像と俺を交互に見る。
「大丈夫か」
「は、はい。おかげさまで……あの、ありがとうございま──キャアッ!」
そう言ってペコリと頭を下げた時に自分の衣服がどういう状態か気付いたらしく、顔を赤くして小さな悲鳴をあげる。大事な所は見えてないけど谷間とかまあまあ見えてたからね、仕方ないね。
しかし姿形や声どころか何か抜けている所まであいつにそっくりで、何とも言えなくなってしまう。
「す、すみません!お恥ずかしい姿を……どうかしましたか?」
「────いや、何でもない。服を直したら表に出よう。そいつらは放置でいいよ」
顔を隠すように振り返り、彼女の身支度を待つ。
ゲームのイベント通りその後特に何事もなく路地へ戻ることが出来た。
改めて彼女を見ると、彼女もまたこちらをじっと見つめ返してくる。
腰まで伸びた黒寄りの茶髪。俺より頭一つ小さい背丈。髪色と同じ瞳の垂れ目に柔らかい雰囲気の顔立ち。先程まで見えていた深い谷間はしっかり隠されているが存在感は変わらない胸部。
ここまで似ているとは……俺の知らないMODの影響だろうか?
「あ、あの……そんなに見られると、少し恥ずかしいです」
「おっと、失礼した。知人にそっくりだったもんでつい……それで、これからどうする?」
「これから……」
顔を赤くして気恥ずかしそうに少しだけ俯いてた彼女が更に下を向くも、少しして俺の顔へ向き直す。
「実は私、自分が誰なのか全然わからなくて……ついて行っても、良いでしょうか」
「いいよ」
「い、良いんですか?」
「正直一人旅は寂しいと思ってた所なんだ、断る理由もない。あ、戦闘にはなるべく参加してもらうつもりだけどいいか?」
「勿論です。精一杯、頑張りますね!」
一秒も経たずに快諾されたせいか不安そうになってたのでそれっぽい事を言っておくと、ガッツポーズと共に快諾してくれた。大人のはずの彼女の仕草がどこか子供っぽいのは、記憶喪失の影響もあるだろうが元々こういう性格なんだろう。
一応記憶喪失は公式設定だけど、最初に仲間になるNPCというだけで特別な所がないのは事実なんだよなぁ……これをネタに話を広げるMODもあったけどあんまり趣味じゃなかったから消してるんだよなぁ……どうなるやら。
「取り合えず身支度を整えようか」
「はい! ところで、お名前は……」
「ああ、そう言えば言ってなかった。俺はマコト、これからよろしくな」
「わかりました、マコト様!」
「様はやめて様は。せめてさん付けで。それで君は……名前もわからない感じかな」
「はい……」
「だったら、トモエって呼んでいいか?」
「トモエ……はい! ありがとうございます、マコトさん!」
こうして呼び方と名付けを経て常設イベント『情けは人の為ならず』が完了、謎の女性トモエが仲間になった。
これから大体知ってるけど知らない所もある、MODで溢れたこの世界で飽きの無い旅が始まるのだろう。
まったく。亡き妻の生き写しと二人旅とは、いい悪夢を見させてくれるじゃないか。