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第67話 隣席の人

 舞台挨拶当日。チケットは事前にマネージャーさんから受け取っていた。1日オフだったから、朝から次に出る舞台の台本を読んだり軽くジョギングしたりして過ごす。

 昼過ぎにシャワーを軽く浴びて、まだ少し時間があったから今日の映画の原作小説『ミルクウェイ』を開いた。


 会場にはギリギリで入った。お客さんも多く、変に騒がれないようテレビに出るときは着ないようなスポーティな格好にマスクとキャップ帽。外出するときは、大体いつもこのスタイルだ。人混みは避けるようにしてるけど、あまり気付かれたことはない。


 座席は、3つに分かれたブロックの右側で二人席だった。下を向いて自分の座席のところまで進み、座ろうとしたとき、奥側に座る彼と目が合った。

 そういうことか。いや、彼も来てるのかもしれないとは思っていた。でもこんな後ろの席で、二人きりにさせられるとは思わなかった。映画に集中できないじゃない。

 一瞬固まったが、とりあえずすぐに着席する。


「楽しみだね映画。」

 5年ぶりに聞く彼の声。電話で五島に行けなくなったことを伝えたとき以来の声。

 その一言に、色んなものが込められている気がした。『久しぶり。』『元気だった?』『また会えたね。』


 だから、私もたくさんの思いを込め、

「うん。すっごく楽しみね。」

と言って笑った。



 すぐに上映が始まった。

 別れたカップルが、隣り合って自分たちの出会いや別れの軌跡を見ているなんてそんなことあるのだろうか。

 まぁ、最近はYouTubeのカップルチャンネルとかであるのかもな。


 映画はそれぞれの視点から描かれていて、小説版にはなかった内容も加えられていたから所々で知らなかった彼の一面が垣間見えた。


 彼が私の母と約束を交わすシーン。これは本当なんだろうな。だってこんなことでもなければ、別れてから母が一度も彼の名を口にしないなんてありえっこない。

 私も、心の何処かでは薄々気づいていたのかもしれない。でもお母さん、ありがとうね。今こうして隣に座っていられるのはお母さんのおかげでもあるわ。


 彼が私の舞台挨拶に来たシーンでは、涙が止められなかった。不器用ね。そんな遠くの席にいて、気付けるわけないじゃない。

 そっと横を向くと、隣席の人が照れくさそうに笑っていた。


 映画はあっという間にラストシーンへ。斜め上方に引っ張られる凧を見上げながら……。カメラのシャッターの重音を聞きながら……。これまでの歩みが私たちの頭の中でフラッシュバックする。

 Tシャツを着た彼と、コートを羽織った私。その後ろ姿は、噛み合わない私たちそのものだった。


 エンドロール。


 『原作 徳山愛弓』


 あゆちゃんの名前が映し出される。長い道のりだったね、お疲れ様でした。感謝と慰労の気持ちが込み上がる。

 自然と、会場中から拍手が沸き起こった。

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