第57話 椿クリーム
月日は流れ、長らく書いてきた私の連載ももうすぐ終わりを迎える。約2年間、自分でもよく続けてこられたと思うし、何より夏井さんはじめ編集者の方々には数え切れないほど助けてもらった。
勝手に、ある種戦友のような感情が芽生えている。
『私たちの終わり方を、幸せには描かないでほしいの。』
2年前、先輩に言われた言葉だ。
「先輩。約束ちゃんと守りましたよ。」
最後の1ページを書き始めたところで、そう呟く。
この2年間、二人が五島での再会を果たせなかった後、先輩は一人で五島列島を旅した。
先生が作った旅程をなぞる旅だ。先生から送られてきたという手書きのプランがうつった写真を見せてもらったけど、お店や場所なんかが几帳面にメモされていて、一目で生真面目な先生作だと分かった。
旅先ではキリシタンゆかりの地や五島の土を使って焼いた陶芸のギャラリー、地獄炊きと呼ばれる名物うどんを出す店や地元の海鮮屋さん、すべて一人で回ったと聞いた。
トレッキング好きの先輩らしく鬼岳という低い山に登ったみたいだが、山頂の標が草木に覆われていてなかなか探せず、結局見つけるまでに登るよりも長い時間かかったらしい(笑)
二人で巡れていたのなら、おそらく私の小説も違った結末を迎えただろう。
そんな終わりを、描いてみたかった。
先輩はおみやげに椿クリームと椿オイルをくれた。空港の名に椿を冠するほど、向こうでは椿が有名だ。
椿クリーム。おねだりしたこと、よく覚えていてくれたな。毎日少しずつ、大事に使っている。
一人で旅した3泊4日、先輩はどんな気持ちだっただろう?
もともとは2泊の予定だったけど、プラス1日で島にあるいくつかの高校を回ったそうだ。けれど、登下校の時間になっても先生の姿を見ることはなかったという。
それでも『彼のそばにいられた気がする』と、そんな風に言える先輩を私は心の底から尊敬する。連載は終わってしまうが、これからも先輩にくっついていこうと思う。
『亜熊山頂288m。
ここが山頂か。島が、海が一望できる。この景色のどこかに彼がいて、ここに私がいる。
山頂にある無骨な立て札。何だかここがこの恋の、彼と私の長く短い恋の終着点のように感じる。そう思うと、ゲリラ的に涙が降った。
落ち着いた頃には、さっきまで真上にあった日が傾きかけていた。
ありがとう。ありがとう。たくさんの感情をくれてありがとう。一生分の恋をくれてありがとう。何度も心の中で唱えて、山を下る。
さぁ、帰ろう。彼のいない世界へ。一人でも、私はきっと大丈夫。もう以前の弱かった私じゃないから。彼と恋をした私だから。彼との恋を終えられた、私だから。』
これが先輩と先生と、そして私の最終話。書き終えたその手で、先輩との通話履歴をプッシュする。
「もしもし。」
私のヒロインの声だ。
「先輩。最終話、書き終わりました。褒めてください。」
「え……すごい。ほんとにすごいよ。ありがとうね。発売されたら、心して読ませてもらいます。」
「先輩。これからもいっぱい遊んでください。とりあえず、一日デートしてください。先生の分まで、私が笑顔にしてあげます。」
「もちろん。ありがとう。本当に。」




