第45話 忘れない
エピローグ
(夕視点)
「いいのよ。そんな重荷を背負わすつもりで言ったわけではないの。
ただ、あの子が幸せそうだったし、何となくね、あなた以上の人はいないと思ったの。えりかには。女の勘ってやつかしら。
別に、二人に何があったかを聞くつもりもないしあなたに謝ってもらう筋合いもないわ。
ただこれまで仲良くしてもらったよしみとして、1つだけ頼みがあるの。もちろん、聞く聞かないはあなたの自由だから。正直に、思ったこと言ってね。」
「頼み……ですか。何でしょうか?」
「つらいお願いになるのだけれど……。あの子のこと、忘れないであげてほしいの。ほら、よく言うじゃない?本当に可哀想な女は、忘れられた女だって。
私はね、今でもあなたがえりかの運命の相手だと思ってる。そんな相手と別れて、その上忘れられてしまったら惨めじゃない。
母親としての勝手なお願いで、ごめんなさいね。元カノを忘れられないって、残酷な頼みなのは百も承知だから、無理なら遠慮なく断ってほしいの。
別に思い出の写真や物を処分するなと言っているわけではないの。
ただあの子のこと、忘れず覚えていてほしい。」
忘れない……か。お母さんの言うように、別れた相手のことは早く忘れたいと思うのが普通だ。自分も、思い出の物を捨てたり思い出の場所を避けたり、なるべく早く忘れたいと思うタイプだ。
無理に忘れようとするのはかえって逆効果で、よりつらくなることもあるだろうけど、今問われているのはそういうことではない。自然にも忘れないようにしてほしい、ということだ。
忘れないを選んだ場合、自分の性格上新しい恋人は作らないと思うし、ましてや結婚なんてもってのほかだ。
そして、忘れないために別れたての相手との思い出を何かに残す作業もしないといけないだろう。記憶はそのうち自然に消えてなくなるものだし、日を追うごとに美化されていく恐れもある。
忘れるを選んだ場合は、逆にどうだろうか。数年は引きずるだろうがそのうち恋人ができて家庭も持って、そんな普通の人生を歩むのだろう。彼女とのことは、甘く遠い記憶として、胸のうちに秘めて。
父親から、人生の大きな選択肢はとりあえず3つあると教わった。
1つ目は、どこの大学に行くか行けるか。2つ目は、何を生業とするか。要するに何で食べていくかだ。この2つは、すでに選択を終えた。
そして、3つ目が結婚だ。その後も子どものこととかいくつか選択する機会はあるけど、そこからは人生の伴侶とともに決めなさいと。だから、お前が一人で決めるのは3つだと。
父さん、まさか結婚の選択の前にこんな難しい選択を迫られるなんて、聞いてないよ。そんなことを考えながら、お母さんの目を真っ直ぐ見据える。
「分かりました。彼女を忘れないと、お約束します。」
これで結婚できなかったらごめんな。心の内で、両親に詫びた。




