第38話 癒えないで
今度はご実家ではなく、先輩のお家にお邪魔することになった。『ザ・女優が住むマンション』みたいなのではなく、イメージ通りこじんまりとした低層マンションだった。
「いらっしゃい。毎回お呼びだてしてごめんね。
さ、どうぞ。」
「お邪魔します。」
今回は手土産を禁止されていたので、失礼とは思ったが手ぶらで伺った。
「お昼まだよね?軽くパスタでもどう?」
先輩の手料理だ。やった。
「ありがとうございます!私も手伝います。」
それから二人で、卵のサラダとサバ缶でパスタを作った。
「おいしい。」「おいしいです。」
「ご飯付き合ってもらっちゃってごめんね。早速話そうかとも思ったんだけど、ちょっと心の準備がほしくて。
もう何年も前のことなのに情けないんだけど、癒えない傷っていうのもあるものなのね。
というか、時間を経て治りかけていた傷口が、再会で開いたのかも。」
「私のせいですみません。」
あの収録がなかったら、先輩はまた先生に会うことはなかっただろう。先生は今東京にいないんだし。
「ううん。治ってほしくない傷もあるもの。あゆちゃんには感謝しているわ。また顔が見られるなんて、会話ができるなんて思っていなかったもの。
夕とはね、私が大学を卒業後女優としての活動を本格的に始めた頃、そしておそらく彼があやちゃんの担任になる少し前に別れたの。だから、交際していた期間は4年と半年ってとこかしら。
別れは、唐突にやってきたわ。
その頃の私は、順調にキャリアを積み上げていた。名の知れた作品に出させてもらうことがほとんどで、女優として世間から高く評価してもらっていたわ。だから色んな現場で仕事仲間というか、いわゆる有名芸能人の知り合いが増えていった。
でも彼との仲は決して揺るいではいなかった。教師として激務な彼を支えていたし、会えないときでも常に連絡は取り合って、交際は順調に進んでいた。
事務所の妨害とかって思ってたかもしれないけど、別に反対もされていなかったのよ。あゆちゃんと違って、アイドル的な存在ではなかったからかな。
そんなあるとき、彼から『えりかの演劇部の後輩と街でばったり会ったんだけど、えりかに相談ごとがあるみたい。』と連絡が入ったの。
その後輩、八木ちゃんっていうんだけど、彼女とは三人で出かけたこともあるくらい、私も彼も仲が良かった。
そう、私とも仲が良かった。そもそも私の直の後輩で、それに演技の相談か何かなら私に連絡してくるべきでは?と、当時の私は思ったの。
私が彼に会えていないのに……っていう、その場のちょっとした嫉妬もあったと思う。彼が、『えりかが忙しいと思って、遠慮してるんだよ。』と八木ちゃんを庇うような言い方をしたのにも腹が立った。」




