第32話 羊羹
出版社からの帰り道、いつものようにマネージャーさんの車に揺られていた。
「今日はお疲れ様でした。出版関係の打ち合わせなんてそう経験するものでもないし、お疲れではないですか?」
「正直、ちょっとだけ疲れました。でも、今は第一話を早く書いてみたくてウズウズしてる気持ちの方が大きいです。今日帰ってから、早速書いてみようと思います。」
「全体の構成ももう少し決めて、あとタイトルも考えないといけないですね。まぁ、後で改題や修正はできるみたいですけど。」
「はい。そのためにはまずは取材かなと思うので、先輩にも早速お話を聞かせてもらおうと思います。」
「それがいいですね。私の方でも、何か参考になりそうな思い出や出来事がないか西原先生に確認しておきます。」
何度もお誘いするのは申し訳ないので先輩に電話でお話を伺えないか尋ねてみると、こんな返信があった。
『じゃあさ、家来ない?』
まさかのお誘い。どうしよう。先輩のご自宅なんて、グループの先輩のお家も数えるほどしか行ったことないのに。
うれしすぎる。
『ぜひ、お邪魔したいです!ご迷惑ではないでしょうか?』
『ううん、全然。じゃあ……。』
ポンポンと、日程も決まってしまった。手土産どうしようか。小説のことそっちのけで、当日まで手土産問題に頭を悩まされることになった。
教えてもらった住所へ行くと、ごく一般的なファミリー向けマンションだった。てっきり先輩はこじんまりとしたデザイナーズマンションみたいなところにお住まいだと勝手に思っていたので、ちょっと意外な感じがした。
ピンポーン。
呼び出しボタンを押し、いざ先輩のお宅へ。エレベーターの中では、アイドルオーディションの審査のときくらいの深呼吸をした。
「いらっしゃい。」
ドアを開けると、先輩ともう一人女性が出迎えてくれた。
「ごめんねあゆちゃん。ここ実家なの。夕との思い出のものはこっちに置いてあるんだ。ほら、私この前まで彼氏がいたし。」
「徳山さん、はじめまして。えりかの母です。あまりお構いできないけど、どうぞゆっくりしていってね。」
ご実家なら、ファミリー向けマンションというのも納得だ。お母様は、先輩とは系統がまた違うけど美しい方だった。先輩を天使だとするとお母様は何かな。マリア様みたいな。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。図々しく押しかけてしまいました。つまらないものですが、よければ皆様でどうぞ。」
そう言って、先ほど直前で用意したお菓子をお渡しした。色々と迷った挙げ句、結局定番がいいかと思いとらやの羊羹にした。
「まぁ、羊羹ね。有り難く頂戴します。」
お母様は、一瞬驚いた表情を見せた気がしたがすぐに微笑んだ。




