練習開始
ドンチャン騒ぎが落ち着いた後、ライルンは神様の仕事が忙しいという事で後日また会う事になった。
「当日の事を考えると気が滅入りそうなので、僕は仕事に没頭する事にします」
「ライルさん……頑張って下さい」
「ライルン、がんばっ!!」
「…………」
うなだれているライルンと別れた後、チートさんと二人で酒場に入った。ご飯を食べつつ……雑談を始める。
「地雷さん、聖剣……ちょっと貸してくれない?」
「うん。いいよ〜」
チートさんの言う通り聖剣を彼に渡すと、聖剣は錬金釜に姿を変えた。
「おぉ〜。やっぱ持ち主によって姿が変わるんだねぇ」
「そうみたいだね。この錬金釜もなんだか懐かしいよ」
「何か錬金するの?」
「うん。一応……用心に越した事はないからね」
チートさんは懐から巾着を出すと、中から石を取り出す。そして……その石を錬金釜に入れて唱えた。
「聖剣が欲しい」
錬金完了の音が鳴って蓋を開けると、錬金釜の中に……小さい錬金釜が入っていた。
「錬金釜が……二つ!?」
「まぁ、聖剣のレプリカって所かな」
「凄い!! 凄いよ!! 聖剣まで錬金しちゃうなんて……さすがチートさん!!」
「まぁ、賢者の石のおかげだな」
チートさんは大きい方の錬金釜を私に渡す。すると……錬金釜はいつもの地味な剣に戻った。
「地雷さん。どこに敵が潜んでいるかわからないから用心して日々を過ごすんだよ」
「あっ! そうだった! 若干忘れてた」
「…………」
現実世界の悪いヤツうんぬんよりも、ゲーム世界でのロングバケーションが嬉しすぎて忘れていた。いけないいけない……。
「俺も出来るだけ地雷さんのサポートをするから。ピンチがあったらすぐかけつける!! 異変を感じたらすぐ言うんだよ」
「わかった!!」
チートさんって凄く面倒見がいいんだよね。頼りになるし心強い。私が色々な心配をしなくてもチートさんがなんとかしてくれそう……。
「とりあえずコンテストに向けて、家で演し物を練習する事にするよ」
「そうだね。前回練習したっていっても、そうとう前だしね」
なんとなくは覚えているけど、動きを確認しなくちゃ。今回は身内だけのギャラリーじゃないから手抜きとか出来ないし。
「チートさん! 今回は観客も沢山だし……プリンセスコンテストバージョンにグレードアップしなくちゃいけないの」
「えっ? グレードアップ?? とりあえずその場をなんとか出来ればいいと思うし、前と一緒でいいんじゃないかな?」
「いや、ダメだよ!! 死神プリンスの登場に華を持たせないといけないし!!」
「…………」
少し不安そうなチートさんを尻目に、目の前の食事を平らげると席をたった。
「じゃあ、さっそく練習してくる!! 朝、昼、晩……そして、おやつの調達よろしくね!!」
「えっ!? また俺、飯係!?」
「お腹すいたらメッセとばすからよろしくぅ!!」
「…………」
呆然としているチートさんを置いて、私は走り出した。こうして地雷戦士のロングバケーション……じゃ、なかった。コンテストに向けての練習を開始する事にした。
◇
あれから何日かたった。プリンセスコンテストまであと数日だ。マゼンタ学院で練習した期間よりも短いから頑張って練習しないと……。
「うーん。この角度……どうかなぁ??」
鏡の前でキメ顔、キメポーズとかして試行錯誤するけど……正直、何がよくて何が悪いかよくわからなくなってきた。
「よし! こういう時は息抜きだっ!! チートさんデリバリーを頼もう!!」
チートさんデリバリーは優秀だ。どこの店よりも早く来て、どこの店よりもメニューが豊富で、どこの店よりも料理が早い。しかもタダ!!美味しいのに無料!!なんとかイーツってやつもびっくりの早さだ。
『チートさん!! 助けて!! 一大事!!』
メッセをとばすと、凄い勢いでチートさんが家にやって来る。ノックもせず、凄い勢いで家の扉が開く。
――バンッ!!
「なに!? まさか敵!?!?」
「チートさん! お腹すいたっ!!」
「…………」
私のセリフを聞いて、チートさんはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「はぁ。なにもないなら良かったよ。それにしても、えらく軽装じゃない??」
「よく動くから身軽な方が良いと思ってぇ!! チートさん!! そんな事より私今日、回鍋肉が食べたい」
めっちゃ動いて練習したからとりあえず肉を食べたい。あと、ホカホカのご飯……。
「回鍋肉? わかったよ。ちょっとお風呂場借りるよ」
チートさんはお風呂場に入ると、錬金釜から投げやりな釣竿を取り出す。そして、水が入っている浴槽の中に釣り針を投げ入れた。
「……回鍋肉って、材料なんだっけ?? え〜っと、回鍋肉の作り方のレシピが欲しい」
釣り糸を引き寄せると、袋に入った一冊の本が釣り上げられた。チートさんは袋からレシピ本を取り出すとパラパラとめくりはじめる。
「ふぅ〜む、なになに。豚バラ肉、キャベツ、ピーマン、長ネギ、生姜、豆板醤、甜麺醤、ごま油、醤油、酒……」
「ねぇ、チートさん。回鍋肉の材料が欲しいって釣り上げたら良かったんじゃない?」
「おぉ!! その手があったか!! 俺もまだまだだな」
チートさんは本を錬金釜の中にしまうと、再び浴槽の中に釣り糸を垂らした。
「回鍋肉の材料が欲しい」
案の定袋に入った回鍋肉セットが釣れた。チートさんはそれをそのまま錬金釜の中に入れる。
「回鍋肉が欲しい」
――ピピピピピ!!
一分くらいで熱々の回鍋肉が出来上がる。マジでどこのデリバリーより早い。
「おかずは出来たから、後はご飯かぁ。よしっ! 一緒にご飯セットが欲しい」
つぶやきながら浴槽に釣り糸を投げると、袋に入った炊飯ジャーとお茶碗セットが釣り上げられた。なんと中華スープ付きだ!!
「こういうのって誰が準備してくれてんのかなぁ?」
「う〜ん……やっぱ神様なんじゃない??」
回鍋肉とスープ、炊飯ジャー、お茶碗セットをテーブルに運んでセットしていく。
「あっ、飲み物忘れたから釣ってくるね。何がいい?」
「私、ウーロン茶〜」
「わかった。ちょっと行ってくる」
お風呂に向かうチートさんを見送った後、目の前の回鍋肉をつまみ食いしてみた。やっぱりチートさんお手製の回鍋肉は美味い!!
「お待たせ〜!! 沢山釣って来ちゃった〜!!」
両手に沢山の飲み物の入った袋を下げてチートさんが戻ってきた。すんごい笑顔だ。
「見て見て!! ちょっとお高い銘柄のお酒釣っちゃった!! 普段なら絶対飲めない様なヤツ……」
「おぉ!! いいね!! いいね!!」
今、昼間だけど大丈夫なんだろうか??まぁ、ゲーム世界の中だし関係ないか。
「いただきまーす!!」
「いただきます」
チートさんと二人でご飯を食べる。回鍋肉、美味しい!!ご飯セットの中に入っていたスープもなかなかだ。
「チートさんお手製の回鍋肉、美味しいよ!!」
「まぁ。俺が作ったっていうか、作ったの錬金釜だけどさ」
「チートさんがいなかったら出来ないんだから、チートさんが作った様なもんだよ!!」
「そっ、そっか……」
回鍋肉とご飯、時々スープを頬張りながらチートさんとたわいのない話をする。なんだかこういうのに幸せを感じるんだよねぇ……。
「くぅ〜。やっぱ高い銘柄のは違うねぇ!!」
「ねぇ。チートさんは最近、ゲーム世界で何して過ごしてるの?」
「……えっ!? 俺??」
チートさんは少し考えると、今でもやってきた事を淡々と話し始めた。
「最初は釣竿を使ってゲーム機と積みゲーになってたソフトを取り出したんだ。時間もあるし、のんびり攻略するぞ!!……って思って!!」
「ふむふむ」
「でも俺、気付いたんだよ。ゲームをクリアしても、データを現実世界に持っていけないし、記憶にすら残らない」
「あっ……そっか。それじゃあなんか、意味ないよね」
「そうそう。だからなんかゲーム世界をブラブラしてる感じに落ち着いてる」
「そっか〜……」
じゃあ、チートさんにとってはゲーム世界に来たけど暇を持て余してるって感じなのかな??
「あぁ……それにしても……美味い…………」
チートさんは呟くと、下を向いて手で顔を覆いはじめた。一体どうしたんだろう??
「ちょ……ちょっと、ちょっと!? チートさん!! もしかして泣いてるの!?!?」
「あぁ……ごめんねぇ。なんか最近、こんなにゆっくり美味い酒飲んでなかったなって思ってたら涙が……。嫁の財布の紐厳しくて……だいたい安い発泡酒だし」
「…………」
あれっ?確かお嫁さんって、ワンちゃんだったんじゃなかったっけ??それともご結婚されたのかな??もしかして……マタメンテエルフさん現実世界バージョンとか??
「えっと、チートさん!! とりあえずハンカチで涙拭いて拭いてっ!!」
「…………ありがとう」
「私、シェブンイレブンのサキイカ釣ってくるから!!後、テキトーなツマミとか色々……」
「本当!? ありがとうっ!! シェブンイレブンのサキイカ美味しいよねぇ!! あぁ〜……ゲームデータは持っていけなくてもいいから……この美味い酒の美味しさの記憶を現実世界に持っていきたいっ!!」
「…………」
チートさん……だいぶ酔ってるかも。でもなんだか楽しそうだし……いっか!! 私もロウソンのワッフルと、パーミャンの杏仁豆腐釣ってこよ!!
あれっ?そういや思ったけど……中華料理屋の回鍋肉が欲しいって言いながら釣ったら一番早かったんじゃないかな??まぁ、チートさんの回鍋肉美味しかったからいいか!!
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