新曲は隣で聞かせて。そして誰を思って弾くの
ライブハウスに私は行ったことがない。
だからどんな風に、どんな空気感で、誰と何をしているのか私は知らない。
ファンが撮ったライブ映像をユーチューブ越しで見るだけ。
だけど、新曲だけはだれよりも先に聞くことができる。
家で練習してるから。
バンドマンの特権だとこれだけは思う。
私は音楽のことは何も知らない。
ギターなんて人生で触ったことも殆ど無い。
コードを覚える気も、今達也が使ってるギターの名前も興味が無いし覚えてない。
私が聞けるのはボソボソと歌うハモリの部分と、かすれた音だけ。
この部屋が防音室なら、アンプを繋げて音が聞けるけど別にいい。
世界に発表されてない今だけの音を私が独り占めしてるからそれだけで良い。
新曲は分かれたばかりの悲しい気持ちを表現した曲だった。
薄汚れた裏紙にヴォーカルが走るように書いた、ある意味筆記体みたいな字。
ところどころ丸い水滴が乾いた後があった。
多分書きながら泣いたのかな。
私も歌詞をみて少し悲しくなった。
昔付き合っていた人を思い出したから。
悲しくなるのと同時に切なくなって、腹が立ってきた。
この歌詞を見て、達也は何を思い出すんだろう。
この曲は誰を思って弾くんだだろう。
胸を焦がすような恋をしたのだろうか。
思い出すだけで切なくなる恋をしたのだろうか。
練習する指先が、顔が、何かを思っている顔で目を離せない。
綺麗だな、と思うのと同時に
絶対渡しには埋められない時間がることが明白になってとても悲しい。
いつか何かの曲で私を思い出す日が来るのだろうか。
別れた後のお楽しみでもある。