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第六話 アンドロメダよりでかいの

 白い新型ノアは、エルフの森の洞窟の奥にひっそりと置かれていた。

 まるで洗車したばかりのようにピカピカだ。


 ミカラスは洞窟の入口から顔を半分だけ覗かせ、こちらを見ている。

 相変わらずこの車が怖いようだから、彼女が車を磨いてくれたわけでもないのだろう。森の中を突っ切って取り急ぎこの洞窟に隠したのに、泥汚れひとつない。やはりこの車には、女神の加護とやらがついているのかも知れない。


「じゃあね、ちゃんミカ。おみやげなにがいい?」

「みなが無事であればそれでいい」


 別れをいい、車に乗り込むヒロトたちを、ミカラスは神妙な顔つきで見守っている。洞窟の入口に差し込む陽光で、彼女の金色の髪はキラキラと輝いている。

 この豊かなエルフの森には、幾人もの旅人が通り過ぎていったのだろう。戻ってこなかった旅人も多くいたのだろうと私は想像する。


「しゅっぱーつ!」


 リョウがジュニアシートのベルトを装着し、掛け声をかける。

 ケンイチが車のエンジンをかけると、ミカラスの姿はふいに見えなくなった。エンジン音が嫌いなのだ。

 森をゆっくりと抜けて道に出る。ユウカとヒロトは、木々のどこかに隠れているであろうミカラスに向かって窓から手を振る。


「パパ、機械都市までどのくらいでつくの?」

「おそらく丸一日。まずは湿地を無事に抜けることができるといいが」


 エルフの森を西に進む。砂漠とは反対の方向に機械都市フォーレンがある。


「あっ、ここカニを食べた場所だよ。まだ焚き火のあとが残ってる」


 最初に転移してきた地点を車で通り過ぎた。私たちの車が踏みしめてしまった草花は、もうすっかり元通りになっている。


「ここに来た日が、遠い昔のことのように思えるね」

「まだ最初の町を出たばっかなのに?」

「フォーレンって、どんなところかなあ。スマホの充電器とか売ってるかな」

「ちゃんミカのお母さんが、機械都市で冷蔵庫とか買ったっていってたやん。冷蔵庫があるなら、スマホもないかなあ」


 話をしているうちに、森を抜けて湿地が見えてきた。


「車が通れる程度の道はあるんだな。助かった」

「そっか、王都に行く道だものね。一応は整備されているんだ」


 ケンイチは速度を更に落とし、慎重に道を運転する。

 まっすぐな道があり、両脇には柔らかそうな泥の地面が視界の届く限り広がっている。所々に植物や木も生えているから、全てが沼というわけではないのだろう。柔らかい土の平原と沼が混ざっているのかも知れない。


「泥に足元をとられるな」

「大丈夫? 運転代わろうか?」


 ケンイチは眉間に皺を寄せている。

 道路は材木でできているらしく、ちょうど車が一台分通れるほどの幅だった。

 ところどころに湿地からの泥が堆積したり、水たまりができたりしている。まっすぐな道なので踏み外すことはなさそうだが、本当に道があるのかどうか、不安になるような箇所もあった。


「ママー、ボクおなかすいた」

「ママのバッグにパンが入っているから食べていいよ」

「わーい、ぶどうパン!」

「あっ、俺も食べる」

「リョウ、アタシにもちょうだい」


 次にどこで食料を入手できるのか不安もあったが、お腹がすいたのならしょうがない。

 最悪、あたりに生えている草木でも、食用になるかは生き字引ウォーキングディクショナリーで調べることができる。


「パパとママも食べる?」

「ありがとう。ケンイチ、食べられそう?」

「あー」


 ケンイチが前方を向いたまま口を開けたので、ぶどうパンをちぎって口の中に放り込む。

 道の両脇に大きな木が増えてきた。見たことのないタイプの樹木だが、マングローブに似ている。地面よりも上に細い根のようなものが絡み合い、上にも高く枝を伸ばしている。紫がかった大きな葉はすべて太陽の方を向いている。高い位置で絡み合った枝は、まるで鳥かごのようだ。


「ねえケンイチ、木の根があの高さにあるということは、雨季にはあそこまで水位が上がるのかもね」

「なるほど、雨季はいつごろなのかな。もっと詳しく聞いておくべきだった」

「まあ、道が湿地とほぼ同じ高さにあるから、そんなに頻繁には……」


 そういいかけたとき、唐突にスコールのような大雨が降り出す。


「わー、すごい雨!」

「パパ、運転大丈夫?」

「危ないな。一旦停めよう」


 ケンイチは車をゆっくりと停止させる。

 雨は窓を叩きつけるように降り、視界はほとんど遮られていた。助手席側から木の幹がかすかに見える。

 これほどの豪雨ならば、道も水没してしまうのではないかと思ったが、なぜだかそんなことはなかった。

 エンジンを停止し、パンを食べて水筒の水を飲む。


「雨止まないなあ。ひまだ」

「ヒロト、しりとりしようよ」

「よーしリョウ、だんだん大きくなるしりとりしようぜ。しりとりのり」

「リオデジャネイロ」

「いきなりでかいな! もっと小さいものからちょっとずつさあ。えーっと、ロシアってリオデジャネイロよりでかい?」

「大きいんじゃないの? アタシも混ぜてー。アジア」

「アンドロメダ」

「だからでかすぎだってリョウ! アンドロメダよりでかいのなんかないよー。パスいち」

「大天国」

「なにそれユウカ」

「知らない。大きそうじゃない?」

「審議審議! 大天国って一体……」


 車がゆっくりと揺れる。


「あれ、なんか動いてる?」

「やばい、滑り落ちている……!」


 ケンイチが慌てて車のエンジンをかける。ハンドルを切り返し、前進をしようとするがタイヤが空回りをしてうまくいかない。


「私、降りて後ろから押そうか?」

「いや、俺が降りる。ヒロト、ついてきてくれ」

「えー、この雨の中? あ、止んだ」


 ちょうどいいタイミングで雨が止む。

 ケンイチとヒロトが外に出たのを確認して、私は運転席に移動する。


「エンジンかけるよ」


 窓を開けて、ケンイチに声をかける。


「いや待て、なにかおかしい。道が……」


 窓から道を見下ろす。どこからともなく、歯車を回すような小さな音が聞こえる。錆びた鉄を擦るような、不快な響きだ。


「この道、上昇している! みんな車から降りろ!」


 足を取られたままの車が、ぐらりと傾く。

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