第五話 ギルド登録を抹消させてもらう
「宣戦布告?」
なんだか物騒な話になってきた。
機械都市がこの町に宣戦布告をするような理由がなにかあるのだろうか。今までの話から想像するに、この町と機械都市は交易があり、概ね友好的であるように思えた。
「なんで機械都市フォーレンがこの町に宣戦布告すんの? なんか悪いことでもした?」
「イラミザは友好的な町だ。ここ数百年はどことも争っていないし、王都へ向かう宿場町として重要な役割を果たしている」
「ボクたちがこの町に来たときも、みんな優しかったよ」
確かに、明らかに他の冒険者とは違う身なりの私たち家族にも、この町の人々は不審がらずに親切にしてくれた。
「ああ、我々には旅人を受け入れる伝統があるんだ」
「フォーレンは違うの?」
「機械都市フォーレンにも宿場がある。だが、旅人が立ち入ることを許されているのは都市の端のみ。中心部に入ることができるのは、ごく一部の人間だけだ」
「ごく一部の人間」
「機械都市フォーレンで生まれ育ったもの、あるいはフォーレンにまだ知られていない文化を持っているもの」
「もしかしてアタシたち、機械都市に入ることができる?」
「君たちの国の人間がまだフォーレンを訪れたことがなければ、あるいは可能かも知れない」
「日本人、機械都市に行ったことがあるかなあ」
妖精の王タイテは以前、この世界に転移してきたものが私たち以外にもいたといっていた。ただそれは、数百年も前のことらしい。
もし仮に数百年前の日本人が機械都市フォーレンを訪れていたとしても、その都市に提供できる知識は私たち家族とかなり異なるものだろう。
「事情は分かった。俺たちはギルドの依頼という形でフォーレンを訪れればいいんだな」
「いや、君たちはイラミザの冒険者ギルドから登録を抹消する」
「はあ? なんで?」
「可能ならば、フォーレンでギルドに所属して欲しいんだ。おそらく、あの都市はギルドのかけもちを許可していない」
「えー、じゃあ俺らタダ働きやん」
「そうだな。前払いとしていくらかの報酬を与えておこう。また、必要な装備があれば教えてくれ。できるだけ手配する」
「装備!」
「ボク、エクスカリバーが欲しい!」
「いや、武器は必要ない。代わりに探して欲しいものがある」
ケンイチは、ラインハルトに交渉をする。
ラインハルトから要請を受けた翌日、私は宿屋の夫人に別れを告げる。
「色々お世話になりました。急ですみません」
「あんたが仕事も覚えてくれて、酒場も宿屋もずいぶん助かってたんだけどねえ。まあ、いつでも戻っておいで」
「はい。ありがとうございます」
夫人は獣の耳をぴょこぴょこと動かし、私たち家族がいなくなることについては大した感慨もなさそうだった。
いかにも宿場町の住人らしい振る舞いだ。旅人は来て、去り、また戻ってくることもあるのだろう。
荷物をまとめて宿屋をあとにする。
一ヶ月以上この町にいたが、持ち物はそれほど増えてはいなかった。
ケンイチは魔導書といくつかのエネジェム、私は道具屋で買った包丁が増えた程度だ。
教会に、新しいステンドグラスが入っているのが見えた。修復はほとんど終わってしまい、あとは細かい細工だけだ。
私が手伝えることはほとんどない。ちょうどよいタイミングだったと思う。
冒険者ギルドに寄ると、ラインハルトが待っていた。
「約束の報酬と、頼まれていたものだが……」
ラインハルトは陶器のような質感の瓶をカウンターに置く。
「なにそれ、お酒?」
「いや、石油だ」
「石油。なにに使うのそんなの」
「高価なわけではないが、手に入れるのに苦労したぞ。こんなものを燃料に使っているなんて話は聞いたことがない」
「あっ、ガソリンの代わり?」
「せいぜい三リットルといったところか。まあないよりはましか」
「ケンイチ、そんなものをガソリンタンクに入れたら、車が壊れちゃうんじゃない?」
「あたりまえだ。せっかく機械都市とやらに行くのだから、ガソリンを生成する方法がないか調べたい」
「そっか、そのまま使うわけじゃないのね」
「パパは、錬金術師だもんね」
ラインハルトは神経質そうな顔つきで、私たち全員を眺める。
「では、君たちパーティーのギルド登録を抹消させてもらう。もし、またこの町に来ることがあれば、いつでも再登録してくれてかまわない」
「うん、また遊びに来るね!」
リョウが元気よく返事をする。
私たちはまた、この町イラミザに戻ってくることがあるだろうか。王都で元の世界に戻る方法が見つかるかも知れない。もしそうなれば、この町に戻ってくることはもうないのだろう。そんな想像をして少しさみしく思う。
エルフの森の洞窟の前では、ミカラスが待っていた。
「もう砂漠を抜けて来たのか。随分と早かったな」
「さすがに慣れてきたよ。ミカちゃんに会いに来るには、この砂漠を抜けないとだめだもんね」
「ユウカが私に会いに来たことなどあったか……?」
ミカラスが首を傾げる。
「なかったっけ」
「ちゃんミカ、俺たち機械都市に行くんだよ」
「ああ、ケンイチから話は聞いた。機械都市フォーレンは、森を反対側に抜けて、湿地を超えなければならない」
「湿地って、どのくらい湿地?」
「だいぶ湿地だ。ところによって、ずぶずぶーってくらい」
「ずぶずぶーってくらいかあ」
「車で湿地を抜けることができればいいんだが」
「ケンイチ、あの白いやつは水に強いのか?」
「本来は水に弱いはずなんだが、女神ウンリイネになんらかの処置をされたようで、わりと大丈夫みたいだ」
「そうか、女神の加護がついているのなら安心だな」
ミカラスは少しほっとしたように、私たち家族を眺めた。