第四話 なにかやり残したことがあるわけじゃないけど
私は生き字引に表示された情報を読み上げる。
「機械樹脂。機械人形を構成する材料となるもの。機械都市フォーレンの周辺で採掘された粘土と油脂によって錬成される」
「なるほど、やはりか」
ラインハルトは苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「へえ、機械人形の噂は本当だったのか」
親方が珍しいものを見るように、私の手の中にある小石を覗き込む。
「この小石ってもしかして、ユウカが倒した魔物の破片ですか?」
「ああ、砕け散ったガーゴイルの一部だ。不審な点が多かったので、呪術師に鑑定してもらったのだが、魔力の残穢すら残っていなかった」
「機械で動く魔物か。まさか実在するとはねえ」
「魔物と呼んでいいものかは分からないが」
話の流れがよくわからずに、ラインハルトと大工の親方が話をしているのを聞く。
どうやら機械都市と呼ばれる地方があるらしく、ユウカとヒロトが倒した石造りの怪物は、そこで作られたもののようだった。
「ママおそーい、おなかすいた!」
宿に帰ると、リョウがベッドの上で足をばたばたさせていた。
「ごめんね、朝ご飯買ってきたよ。ユウカとヒロトは?」
「まだ寝てるよ。ボクとパパだけ起きたよ」
「あいかわらず、あの二人は起こさないと起きないんだから」
「教会の手伝いは終わったのか、ヨシエ」
ケンイチが私の手から、パンと果物の入ったエコバッグを受け取る。
「ううん、あと少しだったんだけど、途中でラインハルトさんが来て……」
私はさっき聞いてきた機械樹脂の話をケンイチに伝える。
「機械都市か。聞いたことがあるな」
「そうなの? 知らなかった」
「これは王都までの広域地図だが、このあたりらしいな」
ケンイチがスマートフォンで地図の写真を表示する。王都とその周辺が描かれた地図を、写真に撮っておいたのだ。
「湿地を抜けたところにあるのね。以前ミカラスちゃんがいっていたのはここのことなのかな。お母さんがときどき行くという」
「湿地側の町に行くときには、三日分の食料を持っていくといっていたな。エルフの足で三日。人間でもだいたい同じくらいか」
「人間のほうがエルフよりも疲れやすいかも。とくにうちの子たちは……」
「ボクはいっぱい歩けるよ!」
リョウはパンを咥えたまま部屋の中をぐるぐる回りだす。
「リョウ、食べ物を口にしたまま走ったら危ないよ。ユウカもヒロトもすぐに『疲れたから車で迎えに来て』っていうものね」
そういえば、この世界に転移したのも、学校帰りの三人を迎えに行った直後だった。
あれは本当に運がよかったと思う。あのとき雨が降っていなければ、一人でも迎えに行っていなければ、子供たちのだれかが置いていかれていたのかも知れない。
「機械都市フォーレンか。どちらにせよ王都に行く道中だし、行ってみる価値はあるかも知れないな」
「えっ、俺たちこの町を出るの?」
いつの間にか、ヒロトが起きてきて部屋の入口に立っていた。
「ヒロトはまだ行きたくないのか」
「別になにかやり残したことがあるわけじゃないけど、なんかずっとこの町にいるような気がしてた」
「すっかりイラミザに馴染んじゃったもんね」
「どうやって行くの? ガソリン足りる?」
「途中まで車で行って、あとは歩きだろうな。機械都市ならば、あるいはガソリンに似たものも見つけられるかも知れない」
「似たもので大丈夫なのかな。エンジン、爆発しちゃわない?」
「ボク、爆発やだ」
「まあ、急ぐこともない。もう少し機械都市について下調べしてからだ」
「おなかすいたー。みんななんの話してるの」
ユウカがのそのそと起きてくる。この町での暮らしももう少し続くのかも知れないと、このときまではそう思っていた。
「君たちが王都に行くのならば、機械都市に行ってきてくれないか」
冒険者ギルドに行くと、唐突にラインハルトからそう告げられた。
「え? ああ、そのうちにそうしようかと……」
「そのうちじゃない。直ちにだ」
「なんでまた唐突に」
ラインハルトはギルドのカウンターテーブルの上に、いくつかの石を転がす。
「これ、俺らが倒したガーゴイルの破片?」
「いや違う、別のガーゴイルだ」
「えっ、またガーゴイルが出たの?」
「昨日、君たちが倒したガーゴイルが一体、今朝、他の冒険者が倒したガーゴイルが二体、合計三体だ」
「ガーゴイル、いっぱいいるねえ」
リョウが小石を拾い上げて眺める。ありふれたただの小石に見えるが、今朝私が調べたものと同じ材質のようだ。
「冒険者の話によると、ガーゴイルには魔法が効かなかったらしい。また、ガーゴイルからも物理攻撃のみだった。やつらは魔力を持たない」
「機械都市とかいうところで作られたものなんですか」
「そのようだ。他の魔物とは全く違う。今までの戦い方が通用しない」
「俺ら、よく勝てたな」
「まああれは、自爆させたようなものだしね」
「ガーゴイルが出現したことは理解できたが、俺たち家族がフォーレンにいかなければならない理由はなんなんだ」
ケンイチはラインハルトに尋ねる。
一方的な要請に不服そうではあったが、ラインハルトは自分たちが所属しているギルドのマスターだし、従わなければならないという意思はあるのだろう。
いかにも日本のサラリーマンらしい性質だ。
「これが機械都市フォーレンからの宣戦布告なのか、偵察してきて欲しい」
ラインハルトは神妙な顔つきで、私たち全員を見つめた。