第四十四話 本当の気持ちだと思うよ
持ち主不在のテントに残されて、私たち家族五人は途方に暮れる。
「ここ、なんかかび臭いからやだ。ねえママ外に出ていい?」
「アルカードさんが、隠れていたほうがいいといっていたし、もうしばらくここにいようね」
「ええー」
「このままでは身の置き場もないし、少し片付けるか」
ケンイチが床に散らばったガラクタを拾い集め、壁際に寄せる。
「パンも果物も食べかけのまま連れて行かれちゃったんだね。このテントの人」
「ほらな、やっぱライブラリアン悪いやつやん」
「でも、テントの人がなにか悪いことをしたのかも」
ヒロトがライブラリアンのことを悪くいったので、リョウは頬を膨らませて反論する。
「リョウ、まだライブラリアンのことかばってんの」
「ヒロトは知らないもん。リースくんは悪くないよ。……そんなに」
リョウは少し迷っているように、私のことを見る。
「リースくんが、リョウを友達と思って大切にしてくれたのは、本当の気持ちだと思うよ」
「ほら!」
「ばかだなあリョウは。悪人だって仲間は大切にするだろ。お前、悪者の仲間にされてたんだぞ」
「ヒロト」
ヒロトの口調が強くなってきたので、ケンイチが嗜める。
六歳と十四歳の兄弟喧嘩は、本気を出せばすぐに勝敗がついてしまうのだ。
「もー、いいじゃんどっちでも。リョウ、おなかすいたんでしょ。これ食べなよ」
ユウカがテントの中央のラグを敷き直し、ランタンの周りに瓶詰めを並べる。ラベルもないので、なんの瓶詰めだかわからない。
リョウは瓶詰めを抱えて訝しげに眺めている。
「フォークとかないの?」
「なさそうね。これは魚の瓶詰めかな」
日が暮れてテントの外は暗くなっていた。私たちはランタンを囲み一息つく。
「フライデー、無事かな」
ヒロトは古びた木箱に腰掛け、自分の足元に目を落とす。
「状況を整理しよう。リース率いるライブラリアンたちは、機皇帝の配下にある。ライブラリアンは情報収集の組織のようだが、戦闘能力も訓練されているようだ」
ケンイチはラグの上にあぐらをかいて座る。
「リースくんは強いよ。でも機皇帝は弱いよ。よわよわだよ」
機皇帝には政治的な権限がなく、ライブラリアンの傀儡のようにも思えた。
あるいは私とリョウが謁見した機皇帝は影武者であり、本物の機皇帝は姿を隠しているのかも知れないと思う。
「対して、アルカードは機皇帝側と敵対している。機械都市フォーレンでの反逆を目論んでいるからだろう。アルカードのかつての研究室はライブラリアンに占拠され、現在の住処も今日鎮圧された。アルカードの発明品である機械人形のフライデーは、すでにライブラリアンの手に渡っているはずだ」
「俺たちのせいだよ。やっぱ、俺もフライデーと一緒に残ればよかった」
「あのヒトたち、なんか収集とかするのが好きそうだから、フライデーを壊したりはしないんじゃない?」
「そうね。ライブラリアンならきっと、できるだけ良い状態で収集保存したいはず」
実際のところ、ライブラリでは全ての品物が丁重に扱われているとはいえなかった。
ブリキの箱に無造作に放り込まれた品々も多かったが、あえてそのことについては言及しないでおく。できるだけヒロトに心配をさせたくなかった。
「なんだか外がにぎやかじゃない?」
「日が暮れたら炊き出しがあるとか、さっきの老人がいっていたな」
テントから出てみる。すっかり暗くなった通りを、ランタンを下げた人々が歩いていた。さっきまではほとんど人影が見えなかったのに、街灯もない暗闇の中を皆は同じ方向に向かって進んでいる。
「ついていってみるか」
ケンイチとユウカがテントの外に出たので、リョウと手をつないで後ろをついていく。
ヒロトも渋々といった風情で私の後ろからついてくる。
通りを歩いていた青年がリョウに微笑みかけてくれる。
機械都市フォーレンの人々は本当に子供が好きなのだなと思う。そのわりに、子供の姿をほとんど見かけないのだけれど。
「こんばんは。ボク山田リョウくん!」
「やあ、こんばんは」
リョウが元気よく挨拶をしたので、彼は返事をしてくれる。まだ若いがくたびれた身なりをした青年だった。この地域にいる人々は皆が同様に着古した服を着て、髪も伸ばしたままだ。
「みんなどこに向かってるんですか」
「ああ、城門の近くに食料配給の気球が来るからね。ほら、見えるかな」
青年が指し示す方角を見る。暗くてよく見えないが小型の気球のようなものが二台並んでいる。
「わあ、気球で運んでくるんだ」
「なんか、いい匂いがするね」
周囲の人々に習って気球の前に並ぶ。順番が来ると、一人に一つずつ布の包みを渡された。まだほのかに温かい。
「チーズの入ったパンだ。おいしそう」
「りんごも入ってる」
道端で包みを開けて嬉しそうにしているユウカとリョウに対して、人々は慈しむような目線を向けてから、通り過ぎていく。
「見回りが来るぞ」
急に、周囲の人々が慌ただしく動き出す。皆が一目散にそれぞれのテントに戻っていく。




