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第四十一話 彼が壁に囲まれているということは

 秘密基地のようなアルカードの研究室は、数人の兵士に乗り込まれるとまるで電車のように窮屈に感じられる。


 アルカード、ケンイチ、ユウカ、ヒロトは武装した兵士に後ろから回り込まれ、拘束されてしまった。

 フライデーは三人の兵士に囲まれ身構えているが、ヒロトからもアルカードからも指示がないために動けないようだった。


「リースくん、みんなを離してあげてよ……」


 リョウが悲しげに訴えかける。


「僕もぜひそうしたいね。みんなで来賓室に来ればいい。歓迎するよ」

「歓迎してくれるようには見えねーけどなあ」


 ヒロトが声を荒げたので、兵士から後ろ手をきつく縛り上げられる。

 私とリョウだけが拘束されていないのは、私に戦う能力がないことを把握しているのと、リョウに恐怖を与えないためなのだろう。

 おそらくリースは、リョウのスキル時間操作タイムマニピュレーターの存在を知っている。


 私たち全員が大人しくなったことを確認して、リースはゆっくりとアルカードの方に向き直る。


「やあ、ひさしぶりだね」

「リース。あなたはいつも僕の居場所を奪うのですね」

「そんなことはない。僕はいつも君に与えたいと思っているんだよ、アルカード」

「アルカードさん、リースくんと知り合いだったの?」

「よく知っているよ。彼がこんなに小さいころからね」


 リースは手のひらを自分の胸ほどの高さにする。

 アルカードは青年だし、リースは少年のような外見をしているが、彼らの時間の流れ方は違うのだろう。皆が私たちの世界の人間と同じような年のとり方をするわけではない。


「アルカード」


 フライデーが感情に乏しい声で訴えかける。

 フライデーは目前の兵士を倒してもよいのか確認したそうだった。だが、アルカードは軽く手を上げてフライデーを静止する。


「なにが望みですか。リース」

「みんなでライブラリに行こう。あたたかい食事とベッドを用意するよ。それからサンルームを君の研究室にしてもいい。その機械人形には陽の光が必要なんだろう?」

「盗聴していたのですか」


 アルカードが忌々しげに兵士たちに目を向ける。

 フライデーは陽の当たらない窓際に押しやられている。太陽光で動くという話を聞かれていたのだ。


「俺たちは降伏する。そっちの話はそっちで解決してくれないか」


 ケンイチが両手を上げる。


「俺は降伏しないよ!」

「指示を聞くんだヒロト。このパーティーのリーダーは俺だ」

「む……」


 ケンイチは父親としてではなく、あえてパーティーリーダとして振る舞う。そのほうがヒロトがいうことを聞くということを理解しているのだろう。


「アタシも降参でいいよ。このヒトたち、リョウが怖いと思うことはしなさそうだし」

「でも、アルカードは!」

「ヒロトくん、君は家族の元に戻りなさい」

「いやだ! フライデーっ、こいつらを倒せ!」

 ヒロトの命令にフライデーが反応する。彼女は竜巻のように回転し、周囲にいた兵士たちを弾き飛ばす。


「撃てっ!」


 兵士がフライデーに向けて発砲するが、その弾は逸れて研究室のランプを壊す。


「やめなさいヒロト!」


 混乱に陥った兵士の手が緩んだらしく、ユウカはするりと抜け出す。


凝望壁(ウォールオブザーバー)!」


 狭い研究室内で、凝望壁ウォールオブザーバーは壁を広げていく。

 壁際から中心に向かい渦を描くように広がったそれは、私たちを分断する。


「うわーん、ママー!」

「リョウ、どこにいるの?」


 リョウの泣き声が聞こえるが、人一人がようやく通れるような壁に挟まれてどちらにいっていいのかわからない。

 すぐ近くで発砲する音、壁をなにかで叩くような音が聞こえる。


「うわあなんだこりゃ、迷路になってんの?」

「ヒロト、そこにいるのね」


 ヒロトの声が聞こえるが姿は見えない。

 前方からなにものかの足音が聞こえるが、新しい壁が作られ道は封じられる。凝望壁(ウォールオブザーバー)はしばらくのあいだ、なにかを考えるようにじっと動かなかった。それから急に迷路の形がバタバタと組み変わる。


「あっ、ママ」

「ヒロト、リョウを見なかった?」

「ボクここにいるよう」

「声はするけど姿は見えねーな。てゆうか、凝望壁(ウォールオブザーバー)が完全に不透明になってるパターンは初めてみた」

「そういえばそうね」


 凝望壁(ウォールオブザーバー)は基本的には半透明な緑色の板で、曇りガラスのように霞んだりすることはあるものの、今みたいに緑みの乳白色になっているのは見たことがない。壁の向こうの視界は完全に遮られている。


「ヨシエ、そこにいるのかい」


 左側の壁からリースの声が聞こえる。

 ヒロトが身構え、コントローラを取り出すがそれを静止する。


「ママ、だってこいつ……」

「まいったな、四方を壁に囲まれてしまってた。これはユウカのスキルなのかい。素晴らしいね」


 私はリースの言葉に返事をしない。

 彼が壁に囲まれているということは、ユウカはリースを敵とみなしている。直接手出しはしていないとはいえ、ここにいる兵士たちを連れてきたのはリースなのだ。当然だろう。


「ユウカ、ここを開けろ。あいつを倒す」

「落ち着きなさいヒロト」


 しばらくの沈黙があり、迷路の形が変わる。私たちの背後は塞がれ、眼の前に一本道が現れた。

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