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第四十話 なにもわかっていないから

「そうだな、俺とユウカだけで王都に行ってもいい」


 ユウカの提案に、ケンイチは意外な返事をする。


「やだ、ボクも王都に行きたいよ。一緒に行こうよ」

「わかった、じゃあヒロトだけここに置いていこう」

「パパ。そういうやり方は卑怯だ。そういえば俺が王都についてくると思ってるんだろ。動物園に行くんじゃないんだから」

「ヒロト、昔はやだやだ置いていかないでって騒いでたやん」

「小学生とかのときの話じゃないか」

「どうぶつえんよりも王都のほうが楽しいと思うよ、ヒロト」


 ヒロトはリョウから諭されて不服そうな顔をする。


「王都に行かないなんていってないよ。だけど、ここでの目的を果たしてからだ。機皇帝を囚えて革命を起こす。機械都市フォーレンの技術を広く民衆に開放するのだ!」

「ヒロトの話はおいておいて、アルカード、あなたが機皇帝を悪だと思う根拠を知りたい」

「だから、アルカードはさっきからいってたやん。研究室を取り上げられちゃったんだよ」

「ヒロト」

「むう……」

「お茶を淹れましょうか」


 アルカードはそういって席を立つ。

 膠着状態にあるケンイチとヒロトに気をつかってくれたようだった。なにか手伝ったほうがいいかと思い、私も席を立つ。

 小規模な会社の給湯室くらいの、コンパクトなキッチンだった。電熱線がむき出しになったコンロが一口と、オーブンと思われる小型の箱型機械がある。冷蔵庫はなさそうだが、窓辺のかごに果物やパンが盛られ、ガラスのクッキージャーも置かれている。


「お手伝いします。それと……うちの子たちがすみません」

「いいんですよ。それよりも、ヨシエさんこそ僕に怒っているのでしょう」

「それはそうかも知れません。ヒロトはあなたのことを信頼しているけれど、だからといってまだ子供なのにあんな無茶をさせるなんて」

「ヒロトもいっていましたよ。お母さんは自分のことを子供あつかいするって」


 私はデザインがばらばらのコップを並べながら、アルカードのことを見上げる。

 彼は何歳くらいなのだろう。ユウカよりは年上だろうが、私から見れば彼もまだ随分と若い。身の上話を聞くに、おそらくヒロトくらいの年齢でもう自立した生活をしていたのだろう。

 子供はいつか巣立っていく。その覚悟はできていたはずだけれど、なにが起こるかわからない異世界では、家族がともに行動するべきだという考えをどうしても変えられない。


「大義があるのは素晴らしいことだと思います。ただ、ヒロトはまだフォーレンに来たばかりでなにもわかっていないから」

「僕にもわからないことばかりですよ。だからせめて、自分の目的だけは果たせるようにしていたいんです」


 ライブラリアンが広く知識を集める集団ならば、アルカードは対機皇帝という目的ひとつに自分のリソースを一極集中させているのだろう。

 まるでそれは、視野狭窄に陥った若者のふるまいだ。リースのほうが老成している。


「そういえば、アルカードさんはハモンドさんのことを知っていますか?」

「ハモンド?」

「ええ、フォーレンに出入りしている行商人です。彼はあなたのことを知っているみたいだったから」

「行商人ですか。いえ、知りません」


 アルカードの表情が一瞬曇ったように見えた。

 行商人でないハモンドならば、知っているというのだろうか。


 アルカードがコーヒー豆を電動ミルに入れる。

 小型のロボットのようにも見えるそのミルは、私たちの世界のものとは随分違う。おそらく、アルカードの手によって作られたものだろう。


「これ、電力はどうやって得るんですか?」

「ああ、これは太陽の力を借りているんですよ。ほら、ここにパネルが」

「ソーラー発電!」


 アルカードがコーヒーミルのスイッチを入れる。

 小窓から差し込む陽光に照らされた小さな機械は、ごりごりと音を立てながらゆっくりと豆を削っていく。


「そういえばフライデーも」

「あの子も太陽の力で動きます。石炭や石油で動かすことも考えたのですが、激しく戦うことを想定して液漏れや……」


 どうん、と大きな音がする。

 動いたままのミルを放置し慌てて研究室に行くと、壁に大穴が空いていた。向こう側に滞空する飛行船が見える。船室から幾人もの兵士が突入してくる。


「うえーん、ママーっ!」

「ウォール……!」


 凝望壁ウォールオブザーバーに変身しようとしていたユウカが、後ろに回り込まれ拘束される。


「ユウカっ!」


 ヒロトが遊戯創生(ゲームクリエイション)のコントローラを取り出した途端、ボウガンでそれを弾き飛ばされる。こちらの動きが読まれている。


「こら、手荒な真似はするなといっただろう」

「リースくん」


 壁につけられた飛行船からリースが降りてくる。私のシャツワンピースにしがみついていたリョウの手が少し緩む。


「大丈夫かいリョウ。怖くないよ。ほら、君の帽子を忘れていっただろう。持ってきてあげたんだよ」


 リースは笑顔で緑色の帽子をリョウに差し出す。金縁の飾り紐が陽の光に反射して輝いている。


 リースは気づいている。リョウのスキルが恐怖によって発動することを。私たちの戦い方は把握されているのだ。

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