第三十九話 ライブラリアンの傀儡
ヒロトとフライデーはアルカードの気球を使い、湿地に水没した車を探しに来た。
そこでちょうどケンイチとユウカの姿を見つけたので、有無をいわさず強引に連れ去ってきたらしい。
機皇帝直属の軍人から逃げた途端に、アルカード派であるヒロトに掴まったという状況だ。
「僕もあなたたちの車に興味があったんですがね」
車への関心はごく当然といった風情で、アルカードが微笑む。
「私が、車を、引き上げるつもりでした」
「フライデーはそんなことしなくていいよ。せっかくかわいい服を着てるのにどろどろになっちゃう」
ユウカがフライデーの服について言及したので、フライデーは自分の服を眺める。
無表情でなにを考えているのかはわからないが、褒められてまんざらでもなさそうだ。
「とにかく、俺たちは車を取り戻して、機皇帝を倒す!」
「なんで機皇帝を倒すの、ヒロト」
「悪いやつだからだよ」
「でも機皇帝って弱いよ。ボクでも倒せると思うよ」
「えっ、そうなの? 機皇帝弱いの?」
ヒロトがリョウと私の顔を見比べる。
「強そうには見えなかったかな」
私が謁見した機皇帝は影武者なのではないかと思っているのだが、それをアルカードには知られないほうがいいかも知れない。
幸い、リョウは機皇帝の正体については考え及んでいなさそうだ。
「確かに機皇帝はライブラリアンの傀儡だという噂もあります。だが、彼の本性はそんなものではない」
「かいらいってなに?」
「あやつり人形ってこと。ライブラリアンがこの都市で権力を握っていると、機械都市フォーレンの住民は思っているのね」
リョウの質問に答えると、ヒロトとユウカも知らなかったというような表情をする。
「ヨシエさんはどう思いますか? 彼らとともに仕事をしていたんでしょう?」
「そうですね……、ライブラリアンの目的は、この都市の周辺……、いえ、もっと遠い地域までの情報を収集し、分類整理することのように感じました。だけれどただの司書ではなく、特殊な戦闘訓練も受けているようですね」
「ライブラリアンに誘われたということは、あなたに情報収集能力と戦う能力の両方が備わっていると見抜かれたのでしょう」
それはアルカードの買いかぶりすぎだと思う。
仮に情報収集能力のスキルがあるとしても、戦う能力は私にはない。リースにライブラリアンのケープを貸されたのは、機皇帝の影武者を助けた件より前のことだから、功績が認められたわけでもない。
「ママはライブラリアンになるの?」
ユウカがカウチに寝そべったまま尋ねてくる。
「ならないよ。私たちはずっとフォーレンにいるわけじゃないし、王都に行くんでしょう?」
「忘れてた。そっか。アタシたち王都に行くのね」
「王都……」
ヒロトが神妙な顔をする。
「ヒロトは王都に行きたくないのか」
「そんなことはないけど、もう少しここにいてもいいんじゃない」
「ヒロトはフライデーと一緒にいたいだけなんじゃない?」
「そんなことは……」
否定をしかけて、自分のことをじっと見つめているフライデーに気づき、ヒロトは言葉を濁す。
「まだ、フォーレンでの目的を果たしてはいないが、王都に向かうのはそう遠い話じゃない」
ケンイチはイラミザの冒険者ギルドからの依頼を果たそうとしている。
仮になんの情報も得られないまま王都に向かっても、ギルドマスターのラインハルトは文句はいわないだろう。ただ、前払いで報酬を貰っている以上、依頼を完遂したいと思うのが、ケンイチの性質だった。いかにも生真面目なサラリーマンらしい。
「王都に行けるかどうかわかりませんよ。機械都市フォーレンから王都に向かう道には関門があり衛兵が見張っています。普通ならば問題なく通過することができますが、あなたたちはすでに手配済みかも知れません」
「手配済み?」
「お尋ね者ってことです」
「ボクたち、しめいてはい?」
アルカードは椅子に座り足を組んでいる。その姿はくつろいでいたが、わずかな緊張が見て取れた。
ヒロトはアルカードとフライデーのあいだに立ち、二人を見比べている。
「仮に俺たち家族がフォーレン政府に追われる身なのだとしたら、それはアルカード、あなたのせいなのでは」
ケンイチが沈黙を破る。怒っているという風でもなく、淡々と事実を伝える口調だ。
「そうですね。あなたたちはここから逃げ出し、ライブラリアンに私のこの小さな研究室をリークするという手段もある。でもそうはしないんでしょう」
「俺はここに残るよ、アルカード!」
ケンイチはしばらく黙ってなにかを考えていた。
彼の性格上、こういうときには大胆な行動に出ないのが常だった。ヒロトのようにアルカードのことを信頼しているわけではなく、どのカードもギリギリまで出さずに持っておくタイプなのだ。
「ヒロトはアルカードさんとフライデーのとこにいたいんでしょ。でもママとリョウはライブラリアンたちとすっかり仲良しになっちゃってる。じゃあもう、パパとアタシだけで王都に行っちゃう?」
ユウカが投げやりな案を出す。この状況を面倒に思っているようすだった。




