第三話 機械都市フォーレンを知らないのかい
「今月の給料が入っているな」
ケンイチは錬金術のスキルで出現させたATMで、銀行口座を確認する。
この世界に転移してくるとき、ケンイチがとっさに選んだスキルは、自分の銀行口座の残高をこの町でも使える通貨に両替して引き出せるという、便利なものだった。
「え、パパ全然会社行ってないのにお給料入ってんの?」
「いや、おそらく一ヶ月前に働いた分が入っているんだろう。無断欠勤が続いているはずだし、来月はもう振り込まれないかも知れない」
ケンイチは現金を引き出さずにATMを消す。
私とケンイチとリョウが宿泊している部屋に、ヒロトとユウカも集まってきている。宿で一番広い部屋とはいえ、五人もいるとさすがに少し手狭だ。
「そっかー、じゃあやっぱ稼がないとだめかあ」
「稼いだはしから、ヒロトが町を壊していくんじゃない」
「ママほどじゃないよ」
「わ、私は教会を壊して以降はどこも壊してないし、教会の修復もちゃんと手伝ってるし」
先月の戦いのせいで、この町の教会はかなり破損してしまった。それは大筋でいえば私のせいでもある。
「ねえパパ、スマホ充電させて」
「だめだ、今使ってる」
「えー、もうバッテリーないよ。パパ、充電器もう一個作ってよ」
「それは偶然できたんだ。同じものが再現できない」
ヒロトが出窓に置かれた瓶を手にする。
水で満たされた瓶の中には、魔法を封じ込めた石エネジェムが入っている。コルク栓の脇からリード線が出て、スマートフォンの充電ケーブルにつながっている。
「魔法で作れるんじゃないの?」
「レモンを乾電池にする方法、ヒロトは中学校で習ったか?」
「習ってなーい。なにそれ」
「ボク知ってるよ! りんごでもできるって動画で見たよ」
「そうか、リョウは物知りだな」
「えへへ」
ケンイチはベッドの上で隣に座るリョウの頭を撫でる。
「それと同じ要領で、エネジェムを乾電池のように使うことができるか、いくつか試してみたんだが、なぜだかその一個だけが充電できるようになったんだ。他のエネジェムにケーブルを繋げても反応しない」
「へえー、なんでだろうね」
「そもそもこいつが、科学的にうまくいったのか魔法的にうまくいったのかも分からない」
「そのエネジェムモバ充を作ったとき、タイテがそばにいたとかじゃないの?」
ケンイチはこの世界に来てから魔法の呪文や技術を覚えようとしていたが、魔力は強くない。
ただ、妖精の王であるタイテがそばにいるときには、なんらかの祝福が与えられるのか、いつもよりも若干魔力が増すようだ。それでもようやく、エネジェムを充電できる程度のささやかな魔力なのだけれど。
「ユウカ、もばじゅうってなに?」
「モバイルバッテリーのこと、モバ充っていわない?」
「ボク、はじめて聞いた」
「今の若い子はそんな呼び方をするのねえ」
「モバ充、もっと作ってよー。家族全員分!」
「ボク、スマホもってないよ」
「そもそもライトニングケーブルが二本しかない。だいたい、スマホが使えたってネットワークがないんだ。たいしたことはできないだろう」
「写真撮ったり、恐竜のミニゲームもできるよ」
この世界の理は、私たちの世界とは違う。トイレや風呂の沸かすことでさえ、魔法の力に頼って生きているのだ。
夜明けとともに布団から抜け出し、寝間着からいつものシャツワンピースに着替える。家族が起きる前に部屋からそっと抜け出し、教会に向かう。
「おはようございます」
「やあ、また来たのかい」
「いつも早いですね、親方」
教会にいたのは、大工の親方だった。
しばらく修復を手伝っているうちに、この教会には牧師や司祭のような存在はいないのだと知った。かつてはいたらしいのだが、今は地域の公民館のような使われ方をしている。町の人たちが交代で掃除や庭の手入れをしているのだ。
「ここのステンドグラスが終われば、修復は概ね終わりだ」
「新しいガラスが入ったんですね」
色の一部が欠けていたステンドグラスは、完全に修復され、あとは窓に取り付けるだけの状態だった。私はしゃがみ込んでそれを眺める。
大地と木と、旅人だと思われる人物が四人、単純化されて描かれている。神のようなものはどのステンドグラスにも描かれていない。
「あのパイプオルガンは、俺には修理できんがな」
親方が祭壇のほうを指し示す
「そうですか……。残念ですね」
「そのうちだれかが修理するさ。機械都市のやつらとか」
「機械都市?」
「あんた、機械都市フォーレンを知らないのかい。そうか、そういえば遠くから来たっていってたな」
「この町とその周辺くらいしか知らないんです」
「フォーレンもさほど遠くはないよ。行商人も、ここイラミザと機械都市をいったり来たりしているしな」
機械都市、という言葉に思いを馳せていると、聖堂の扉が開きラインハルトが入ってくる。
「君がここにいると聞いてきた」
「どうしましたか。またヒロトたちがなにか問題でも」
「いや、君のスキルで見て欲しいものがあるんだ」
ラインハルトはポケットから小石を取り出し私に差し出す。
「これをですか? いいですけど」
ごく普通の小石に見えたが、石を受け取りその表面をなぞる。生き字引が私と石のあいだに開く。半透明でノートくらいのサイズの画面には、日本語でその石の情報が記されている。
「機械樹脂……?」
初めて目にする単語が、そこには書き記されていた。