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第三十八話 散々撃たれたり斧を叩きつけられたり

 誘拐されてきた、という事実はともかくとして、家族五人が全員揃うのはずいぶんと久しぶりのように思えた。

 リョウはケンイチにべったりとくっついて離れないし、ケンイチも私たちの顔を見て安堵している。ユウカも口では文句をいっているものの、この状況を不服とは思っていなさそうだ。

 しかし問題はヒロトなのだ。


「家族をこんな目に合わせたということは、なにか考えがあるんだろうなヒロト」


 ケンイチはカウチに座り、リョウを膝の上に乗せたままヒロトのことを睨みつける。子供を叱るときの態度だ。


「あいつら、俺たちの車を横取りするつもりだったんだよ」

「その可能性には思い至っていた。だから、車を開ける方法は伝えていない。俺がいないとドアを開くこともできないはずだ」


 車のキーのことをいっているのだろう。

 ケンイチはまだアルカードのことを信頼していないのか、言葉をぼかしている。


「車だけならまだいいほうです。あなたたち家族は未知の情報やスキルを持っている。機皇帝が興味を持たないはずがありません」

「ライブラリアンはともかく、機皇帝は……」

「ボク、きこうていに会ったことあるよ。弱そうだったよ」


 機皇帝に謁見したとき、私たちに興味を持っているようには見えなかったが、あのおどおどした青年は影武者の可能性があるのだ。

 本物の機皇帝はどこかに身を隠し、私たちのことを観察しているのかも知れない。


「機皇帝はこの都市を牛耳っています。情報は一部の特権階級しか得ることができません。それなのに、彼らは外界の情報を全て得ようとしている。ライブラリ収集のためなら、どのような汚いことにも手を染めるのです」

「ママ、アルカードさんの研究も全部奪われちゃったんだよ」

「そうなの……」

「そうだよ、フライデーより前に作った人形やロボットは全部機皇帝が奪っていったんだ。研究室も取り上げられて、全部ゼロからのスタートだったんだよ」

「大変だったんですね」


 アルカードはたいしたことではない、というように軽くため息をつく。

 フライデーのような精巧な機械人形を作るのだから、さぞ優秀な研究者なのだろう。だが、隠れ家のような小さな部屋で、政府に反抗しているのが現状だ。


「だから、機皇帝を玉座から引きずり下ろし、あのライブラリをめちゃくちゃにしてやるんだ」

「ボク、リースくんと友達なんだよ!」


 黙って話しを聞いていたリョウが声を上げる。


「リースってだれなん」

「ライブラリアンの一人ですね。一番の長老です」


 長老という言葉はリースの幼い容姿に似つかわしくなかったが、やはり外見よりもかなりの年齢を重ねて居るのだろう。


「リョウもママも、ライブラリアンにいいように操られてるんだよ」

「そんなことないもん」

「確かに、リースくんはとても頭がいいけれど……」


 ライブラリアンは言葉巧みに私たちを懐柔し、家族を分断しようとしている。その説には説得力がある。だが、本当にそれだけだろうか。リースもアヤも、それから他のライブラリアンたちも、ただの悪人には思えないのだ。


「パパとユウカだってひどい目にあったんだよ。ねえ?」


 ヒロトがケンイチに目を向ける。


「なにがあったの?」

「ああ……」


 ケンイチはリョウを膝から下ろし、語り始める。


「俺たちが到着したときには既に、湿地には大掛かりな機械が搬送されていた」

「なんかね、温泉でも掘るのかって感じの機械だったよ。それと一体だけガーディアンもいた」

「ガーディアン?」


 ユウカも一緒にそのときの状況を説明してくれる。ガーディアンは、この都市にきたときにフライデーが戦っていた石造りのゴーレムだ。


「機械の設置だけでも、かなりの時間を要したんだろう。俺たちが行ったときには、まだ車は引き上げられていなかった」


 ケンイチの話によると、ライブラリアンが手配した肉体労働者たちは、湿地の道に野営のテントを張り、数日がかりで車を引き上げるつもりのようだった。

 本物の車よりも大きいものを想定したのかも知れない。ケンイチが車が沈んでいる場所を伝えたところ、ガーディアンは橋に両手を巻き付け、湿地の沼に潜り込んでいった。


「沼がぼこぼこ泡立ってたよ。車が壊れないか心配だった」

「牽引ロープが緩み、車が三分の一ほど姿を覗かせた」



 コーティングのせいか女神の力なのかは分からないが、車は泥を弾き、パールホワイトに輝く姿を表した。

 作業に来ていた男たちがざわつく。

 作業は中断し、それぞれが持ち場を離れて、見張りに来ていた軍人に詰め寄る。こんな宝だとは聞いていなかった、引き上げの報酬が足りない、などの声が聞こえてくる。


「ボクたちの車ってそんなにすごいの?」

「この世界ではとても珍しいものなんだろうな。ライブラリアンの指示を受けていたはずの軍人は、俺とユウカに詰め寄り車を動かす方法を尋ねてきた」

「パパが断ったら、私たちを捕まえようとしたんだよ。銃を突きつけられたから、アタシが『壁』になってパパと車を守ったの」


 ユウカは凝望壁(ウォールオブザーバー)のことをあえてぼかして説明する。おそらくアルカードはヒロトやユウカのスキルを知っているはずだが、詳細を知られないためだろう。

 あるいはヒロトがなにもかも話してしまっているのかも知れないが。


「えらかったのね。大変だったねユウカ」

「しばらくは攻撃が続いたけど、無駄だと思ったのか軍人は降伏し謝罪した」

「だけどさあ、アタシとしてはもう散々撃たれたり斧を叩きつけられたりしてるわけだし、そんなの今更やんって感じ」

「作業員たちも隙あらば車を奪おうとしている様子だった。追加のガーディアンを手配に行く作業員にチップを渡し、手紙を託したんだ」

「例の暗号、ママならすぐに分かると思って」

「あ、うん、そうね」


 私は曖昧な返事をする。ケンイチからの手紙には、ユウカのイラストが添えられていた。あれは「逃げて」という意味だったのだろうが、すぐには分からなかった。油断しすぎていたかも知れない。


「そのあと、俺たちも隙を見て逃げ出したんだが……」

「パパとユウカ、移動階段を使わずに遠回りしてくるつもりだったんだよ。水も食料も持たずに。何日かかると思ってるんだよ。俺たちが気球で迎えに行かなかったら、どうなっていたことか」

「あれは迎えというよりは完全に誘拐だったがな」


 ともあれ、そのおかげで家族は再び集まることができたのだ。

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