第三十七話 みなさんお揃いですね
「その布鞄はこちらに渡してもらおうか」
リースは左手を差し伸べる。
いつも通り仕事仲間に向けるような柔らかな笑顔で、私に銃口を突きつけたままだ。
「前もいったと思うけど、武器なんか入ってない。アルミの三十センチ定規と包丁と……」
本当にそうだっただろうか。
私は困惑しているふりをしながらそっと底面に触れる。レイアウト台紙のあいだに何かが挟まっているのを感じる。
そうだ、どうして忘れていたのだろう。機械都市フォーレンに来たときにケンイチがガラクタ露天で買ってくれたものを。
「ボクのランドセルも武器はなにも入ってないよ」
「それは知ってる。下ろさなくていいよ」
リースの視点が一瞬、リョウの方に向く。
その隙を狙って一か八か、エコバッグを食堂の床に叩きつける。
「うわっ!」
視界が真っ白になる。私はリョウの手を引き、ライブラリアンにぶつかりながら裏口に逃げる。
「閃光弾だ!」
目はくらんだままだったが、エコバッグを投げる直前に食堂から厨房への間取りを頭に焼き付けておいたので、問題なく移動することができた。
裏通りに出てかすかに視界の端に見えたドアを開き、その中に入る。道具屋の裏口のようだった。
「おい、ちょっとあんた」
「すみませんすみません、すぐ出ていきますから」
店主に怒られながら道具屋を通り抜けて通りに出ようとすると、何者かに腕を引かれて拘束される。
「おとなしくしろっ」
「あっ、ヒロトだ!」
「しーっ! いちいちバラすなってリョウ」
表通りに停めてあった気球に、私とリョウは押し込められる。
気球にはフライデーが乗っていた。ヒロトはガスマスクをつけて帽子と黒い革のジャケットを着ている。靴は中学校指定の白いスニーカーなので、間違いなくヒロトであることがわかる。こんな靴を履いている人間はこの世界では他に見かけない。
「離陸します」
「おっけーフライデー。一旦前方の霧の中に入ってから進路を変えよう」
「承知しました」
気球がゆっくりと上昇し、霧の中に入る。
大小いくつもの気球が飛んでいるので、ライブラリアンは私たちの乗った気球を見失うだろう。
「武器はこちらに預けてもら……、あれっ、ママのバッグはどうしたん?」
「あ、食堂に置いてきちゃった」
「ええー、まあたいしたもの入ってなさそうだしいっか。リョウは武器を持ってないよな」
「持ってないよう」
閃光弾でくらんでいた目が、ようやく見えるようになってくる。
気球は霧を抜けてアルカードの研究室に向かっているようだった。ヒロトはまだガスマスクを被ったままだ。
「ヒロト、ありがとう。私たち助けてもらったんだよね」
「んん……、この都市ではだれも信じないほうがいい」
ヒロトは低い声色で他人のふりをしていたが、すぐに馬鹿馬鹿しくなったようでガスマスクを外す。
「それかっこいいね。貸して貸して」
「リョウだってなんかかっこいい帽子被ってたやん。あれどうしたんだよ」
「らいひんしつに置いてきちゃった」
「来賓室ってなに。なんかVIP待遇受けてたんだろ」
「毎日ごちそうだったよ。アヤちゃんが持ってきてくれるの」
「くそう、いいなー」
久しぶりにヒロトとリョウの掛け合いを耳にして安心する。
この都市の住人みたいな服装をしていても、やはりヒロトはいつもどおりだった。
アルカードの研究室に到着すると、なぜだかケンイチとユウカまで部屋にいた。
「あっ、ママおかえりー」
「ユウカ、どうしてここに」
「ヒロトに拐われてきたんだよ。もう、まじでいい加減にして欲しいよね」
ユウカはカウチにもたれ掛かってスマートフォンを触っている。
「パパー!」
「リョウ、無事だったか」
リョウがケンイチに駆け寄る。
今まで平気そうに見えたが、やはりケンイチの不在中は不安だったのだろう。ケンイチに抱きつき、離れなくなってしまった。
「ケンイチもヒロトに誘拐されたの?」
「まあ、概ねそんなもんだ」
ケンイチはリョウを抱き上げながら私の顔を見る。少し安堵したような笑みを浮かべている。
「ケンイチの買ってくれた閃光弾、役に立ったみたい。ありがとう」
「没収されていなかったのか」
「うん、エコバッグの中に入りっぱなしだった。そういえばリースくんは気づいていたのかな」
リースは私のエコバッグについて何度か「武器が入っている」といった。
私はその存在を忘れていたけれど、彼は知っていたのだ。それを持つことを許容していた理由はよくわからないけれど。
「やあ、みなさんお揃いですね」
個室のドアからアルカードが出てくる。あいかわらず飄々とした立ち居振る舞いだった。
「全員さらってくるの大変だったんだよ。なあフライデー」
「はい。ヒロトは、忠実に、任務を、遂行しました」
「なんでさらってくるのよ。用があるなら普通に呼んでくれればいいじゃない」
ユウカは不機嫌そうにヒロトのことを睨みつける。
「だって、みんな俺のいうこと全然きいてくれないやん」
「日頃の行いのせいだな」
「ボク、ちょっとならきいてあげなくもない」
「そういう態度だよ!」
私たち家族のやりとりを楽しげに見ていたアルカードが
「誘拐された、というていにしておいたほうが都合がいいんですよ。色々と」
と含みのある声色でいった。




