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第三十五話 ガラクタ街

 昼食後、アヤのいない隙を見計らって来賓室を出る。

 テーブルの上にはリョウの書いた置き手紙も置いておいた。どうとでもとれる内容なので、もし連れ戻されてしまっても言い訳はできるだろう。

 リョウはランドセルからいつもの黄色い帽子を取り出し被る。


「まずは、冒険者ギルドに行ってみようか。ケンイチたちが寄っているかも知れないし」

「ママ、冒険者ギルドはそっちじゃないよ。こっちのモノレールに乗るんだよ」

「リョウ、よく覚えてるね」


 私はわりと方向音痴なのだが、リョウとヒロトには遺伝しなかったようだ。

 ユウカも若干方向音痴ではあるが、私ほどではない。


 モノレールの運賃が必要かと思ったがそんなことはなく、ギルドの身分証明書を見せるだけで乗ることができた。


「ママ、ここの駅で降りるんだよ」


 さすがにそれくらいはわかっていたが、リョウがはりきっているので素直に従うことにする。


 冒険者ギルドは最初に来た日と同じように、いかにも機械都市の住人といった風情の人々が出入りしていた。受付に尋ねてみたが、ケンイチとユウカはここには訪れていないとのことだった。どこの宿に泊まっているのかも不明だ。

 私は財布の中身を確認し、なるべく安い宿を紹介してもらう。


「今日はここに泊まるの? ボク、らいひんしつが良かったな」

「とりあえずここを拠点にしようね。少し休憩したら湿地に行く方法を探そう」


 私は二階の部屋の小窓を開ける。

 追っ手は来ていないようだった。自動階段を使わないと湿地までかなり時間がかかるだろう。ただ、どこからどう乗ればよいのか分からない。以前、機械都市フォーレンの宿場町にきたときには、行商人のハモンドに任せっきりだったからだ。


「あ、トッピだ」


 窓から外を見ていたリョウが声を上げる。


「ほんとに?」


 通りを見下ろすと、確かにトッピに似た生き物が荷物を背負ってのんびり歩いていた。

 一緒にいる行商人は、山高帽に隠れて顔は見えないがおそらくハモンドだろう。カラフルなポンチョを身に着けている。


「ねえねえ、トッピに会いに行って来ていい?」

「ちょっと待ってね、ママも一緒に行く」


 リョウがランドセルを背負ったので、私もエコバッグを持って靴を履く。

 通りに出てみると、ハモンドの姿を見失ってしまった。

 下町ではフォーレンの人々が露天を開いている。旅人もいるようだがそれほど多くはない。ここは中枢付近とは随分様子が違うと改めて思う。

 ライブラリや機皇帝のいる場所が機械都市という名に相応しいのならば、ここはガラクタ街なのだろう。武器やジャンクの機械や部品を販売し、生計を立てている人たちがいる。

 そういえば、アルカードの研究室も下町寄りにあった。あれはどこだったろう。最初にフライデーに出会ったのがこの近くの通りで、そこから気球に乗って……。


「ママ、トッピはたぶんあっちだよ」

「ちょっと待ってリョウ、ママ迷子になっちゃいそう。宿の場所をちゃんと覚えておかないと」

 ジャンクパーツを売っている露天が、どれも同じに見えてくる。

 道は細く入り組んでいて日差しは強い。遠くに靄がかかって中枢の建物が見える。高い位置にモノレールやケーブルカーが走り、いくつもの気球が飛んでいる。

 トッピを追いかけているうちに、人の少ない道に出てしまう。低空飛行をする気球からなにかが降ってくる。


「わあっ」

「危ないリョウ!」


 ごすん、と音を立てて降ってきたのは石の塊だった。

 箱椅子ほどの大きさの石は、ごりごりと音を立てて両翼を広げる。


「ガーゴイルだ!」


 それは、イラミザで見たガーゴイルと同じ形のものだった。

 石でできているように見えるが、クレイアニメーションのような動きで羽根を羽ばたかせ、重そうなその体を浮かせる。


「リョウ、こっちに」


 慌ててリョウの腕を引っ張ろうとするが間に合わない。

 ガーゴイルがこちらに向かって来る。前方にいるリョウが危ない、そう思った瞬間、眼前からリョウの姿は消え、ガーゴイルは紺色の布に包まれる。視界を遮られたガーゴイルは、方向感覚を失ったのか路地の家に激突する。


「ママのおようふくを借りたよ」


 背後からリョウの声がする。


「あっ、私のシャツワンピースがない」


 羽織っていたシャツワンピースはいつの間にか脱がされていて、Tシャツとズボンだけの姿になっていた。

 リョウが時間操作タイムマニピュレーターで時間を止め、ガーゴイルを封じてくれたのだろう。


「あんたたち、こっちよ!」


 路地の家の勝手口が開き、ハモンドが手招きをする。


「ハモンドさん!」


 ガーゴイルが首を振り、やみくもにこちらに向かってくる。声のする方に向かってきているのだろうか。私たちは慌てて家の中に入り、ドアを閉める。


「あいかわらず不思議なスキルを使うのね、あんたたち家族は」

「見ていたんですか」


 入ったところは酒場の厨房のようだった。

 料理人が迷惑そうにハモンドとトッピを見ている。厨房に動物が入っているのだから、当然だろう。


「ハモンドさん、こんなところでなにしてるの」


「勝手口の外にトッピを繋がせてもらおうと思ったら、あんたたちがガーゴイルと戦っているところが見え……」


 大きな音を立てて、ガーゴイルが勝手口のドアにぶつかってくる。木造りのドアは歪み、くの字に折れる。


「ガーゴイルが入ってくる!」

「みんな、逃げたほうがいいわ」


 ドアが外れ、ワンピースを被ったままのガーゴイルが飛び入ってくる。

 ハモンドが盾になり、料理人たちを逃がす。私もリョウの手を引き逃げようとするが、ハモンドが大丈夫なのか心配になり振り返ってしまう。


「危ない!」


 ガーゴイルが水を吐き出し、ワンピースを吹き飛ばす。目前にハモンドの姿を見つけたガーゴイルは、彼めがけてまっしぐらに飛んできた。

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