第三十三話 狡猾なライブラリアン
部屋に戻り、リョウと一緒に風呂に入り寝間着に着替える。
アヤが軽食を用意してくれていたので、リョウはそれをうれしそうに食べていたが、私は食欲がなかった。
カウチに転がりヒロトのことを考える。ヒロトはなぜあんなことをしたのだろうか。おそらくアルカードの差し金に違いない。
行商人のハモンドが、アルカードは反乱者なのだといっていた。おそらく、機皇帝の政治に対する信条に食い違いがあるのだろう。
機皇帝もライブラリアンも悪人には見えないが、アルカードも悪人に見えない。
とはいえ、ヒロトを鉄砲玉のように扱ったことは許せない。彼はまだ子供なのだ。こんな危険なことをさせるべきではない。
「今日はリョウのおかげで助かった。ありがとう、リョウ」
「フライデーはボーラーごと転がせばいいから簡単だったけど、ヒロトは重いから運ぶのが大変だったよ。いっぱい引きずっちゃった」
リョウは時間操作で時間を止めたあと、衛兵のいない廊下までヒロトとフライデーを移動させたらしい。
おそらく二人ともそこからうまく逃げ果せたのだろう。
「ケンイチとユウカはまだ帰ってこないのかな」
「ボクたちの車が早く戻ってくるといいねえ」
家族がバラバラになっている。そのことを不安には思うが、色々あってくたびれていた。
リョウは夕食をとり終えて、紙と羽ペンを使ってお絵かきを楽しんでいた。アヤが用意してくれたのだろう。毎回、食事と同時に新しい紙とペンを補充してくれている。
なにかが頭の中にひっかかるが、肉体は重くだるい。うとうとと眠りに落ちていく。
「ママ、ソファで寝ちゃだめでしょ。ちゃんとベッドで寝なさい」
「はーい」
リョウの言動がいつもより頼もしく感じられる。
ケンイチもユウカもヒロトもいないので、自分がしっかりせねばと思っているのだろう。
夢を見ていた。ケンイチがまだ単身赴任をしていた頃の夢だ。
私は二歳のヒロトと手を繋いでいる。団地の敷地に咲いた桜はもう満開だ。小さくて温かい手を離してしまわないように強く握る。
五歳のユウカを乗せた幼稚園バスが返ってくる。金曜日なので上靴や本袋などの荷物がいっぱいでよろよろと歩くユウカは、それでも一日を終えた誇らしさでいっぱいの笑顔をしていた。
今日はケンイチが単身赴任から帰ってくる日だ。月曜にはまた赴任先に戻ってしまうけれど、たまに返ってくる日はごちそうを作る。ヒロトはまだよくわかっていないけれど、ユウカは
「パパ、きょうかえってくる?」
と楽しみにしている。
三人で団地の部屋に戻り、テレビをつける。いつも見ているはずの教育番組はやっておらず、かわりに地震速報が流れていた。まるで終末映画のワンシーンのような、津波の映像。
私はケンイチに電話をするが連絡がつかない。不安がじわりと私の心を侵していく。
夢から覚めてもケンイチたちは戻ってきていなかった。
ここは機械都市フォーレンの中枢にある来賓室だ。ふかふかのベッドの中には、私とリョウがいる。リョウは少し眉間に皺を寄せたまま眠っている。私と同じように怖い夢でも見ているのだろうか。リョウのおでこをそっとなでて、私はベッドから出る。
「こんなに帰ってこないのは、どう考えてもおかしい」
着替えながら今までのことを考える。
昨日描いたはずのリョウの落書きは、またアヤの手によって片付けられていた。どうして気づかなかったのだろう。ライブラリアンはあれを収集しているのだ。
リョウは身近な人たちの絵をよく描いた。母親である私の絵や、モンスターと戦うリョウ自身の絵。それからケンイチ、ユウカ、ヒロト、フライデー、ハモンド、トッピ。七歳の拙い絵だとはいえ、それらはなんらかの手がかりになったはずだ。
機皇帝との面談のとき、彼らはなにかを待ち望んでいるようだった。
もしかすると、ヒロトとフライデーの襲来を察知していたのだろうか。私たちとヒロトの関係に気付き、機皇帝の影武者も含めあえて全員を執務室に集めたのかも知れない。
だとすると、私はこれからどう動くのが正解だろうか。リョウと二人で、こっそりここから逃げ出すという手もある。
「おはようございます」
アヤが朝食を持って部屋に入ってくる。
「おはよう、アヤちゃん。いつもありがとう」
私はできるだけいつもどおりの笑顔を作り、朝食の配膳を手伝う。
直ちに逃げ出すのは得策ではない。平静を装い、情報を入手し、ケンイチとユウカの居場所を調べなければいけない。
リョウと朝食をとってから、またライブラリでの仕事が始まる。
リョウにはなにもいわないことにした。リースのことを友達と思い慕っているようだし、私が彼らを疑っていることを知られないほうが良いだろう。
従順に仕事を手伝っているふりをし、機が熟すのを待つのだ。
「今日はこの本を翻訳してもらおうかな」
「分かりました。ところで、ケンイチたちはまだ戻ってこないんですか?」
「確かに遅いよね。引き上げた車をフォーレンまで運ぶのに手間取っているのかな。機械階段は使えなさそうだから、沼地の道を通るだろうけれど、あっち側からだと遠回りになるんだよ」
「あ、そうか。あのエレベーターみたいな……」
確かに、新型ノアはエレベーターに乗せることができなさそうだ。そういわれるともっともな理由で到着が遅れている気もしてきた。
「僕も早く見たいんだよね。車」
「リースくんも乗せてあげていいよね、ママ!」
「そうね」
「ほんと? 嬉しいな」
リースがリョウに向かって微笑む。
二人が並んで立っているとまるで小学校の同級生のようで、彼が知能の高い狡猾なライブラリアンだということを忘れそうになるのだ。




