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第三十話 ボクがママを守るよ!

 車の引き上げは終わった頃だとリースはいったが、夕方になっても湿地に行ったケンイチとユウカは戻ってこなかった。


「七人乗れるといっていましたね。とても大きいから引き上げに手間取っているのでしょうか」


 アヤは私とリョウの二人分だけの食事を用意して、部屋から出ていってしまう。


「パパ、いつ帰ってくるのかなあ」

「ヒロトのことも、そろそろなんとかしないとね」

「ママ、ヒロト迎えにいく?」

「家族がバラバラになるのは、あまりよくないもの」

「ボクも、みんなといっしょがいいな」


 正直なところ、私はケンイチほど家族がともにいることにこだわってはいなかった。

 安全な場所にいるのであれば、それぞれの自主性を重視したいとも思う。ただ、それはあくまで元いた世界での話で、異世界では違う。

 ここにはモンスターもいるし、文化や風習の違いもある。不当に投獄されてしまうような世界で家族が行動を別にするのは、文字通り死活問題だ。


 リョウと一緒に風呂に入り、アヤが用意してくれた寝間着に着替えてリョウと添い寝する。リースにヒロトとアルカードのことを相談しても大丈夫だろうか。彼は信頼に足る人物なのか、考えながら私は眠りについた。


「ママー、起きてー」


 リョウに起こされて目が覚める。


「おはようリョウ、早いのね」

「パパとユウカ、まだ帰ってきてないよ」


 泣きそうなリョウの頭をなでてから部屋を見渡す。確かに二人が帰ってきた形跡はない。

 アヤが朝食を乗せたトレイを持って部屋に入ってくる。


「ケンイチ様たちは、昨晩は宿場町に宿泊されました。車の引き上げ完了が思ったより手こずっているとのことで。お手紙を預かっています」


 アヤから巻き紙を受け取る。

 そこには確かにケンイチの文字で『こちらは心配ない。明日には帰れると思う』と書かれていた。

 にんじんのキャラクターのイラストが右下に描かれている。おそらくユウカが描いたのだろう。擬人化されたやたらと大きな手をしたにんじんが下駄を履いている。見たことのないキャラクターだ。


「パパもユウカも無事だって。よかったねリョウ」

「ボク、パパに話したいこといっぱいあったのにな」

「ヨシエ様、本日は機皇帝にお目通りしていただきます」

「えっ、もう!?」

「本来はなかなかお会いできないんですよ。今日の予定がたまたま中止になったので、午前中にお会いできるそうです」

「ボクもいっしょにいく?」

「リョウ様は、こちらでお留守番していただくこともできますが……」

「いえ、一緒に行きます。ね、リョウ」

「うん!」


 さすがに六歳のリョウを一人で置いていくのは心配だ。

 時間停止というかなり強いスキルを持っているとはいえ、リョウはまだそれをあまりコントロールできない。


「ケンイチたちが戻るのを待ってから、というのは無理なんですよね」

「そうですね。おそらく機皇帝との予定が合わなくなります。残念ですがお二人で」

「分かりました」


 機皇帝に会ってなにを話すのだろう。

 さすがに「イラミザを攻撃しましたか?」などと直接尋ねるわけにはいかない。しかし、少なくとも中枢の様子を伺うという目的は果たされるはずだ。


「ケンイチとユウカがいないのは不安ね」

「だいじょうぶ、ボクがママを守るよ!」

「ありがとう、お願いね」


 アヤが無表情のままリョウのことを見つめる。

 おそらくリョウの発言を微笑ましく思っているのだろう。アヤもリースもまだ、リョウが持っているスキルのことは知らないのだ。


 少し待ち時間があったので、リースに貰ったケープを着てライブラリに行く。リョウも緑の帽子を被ってランドセルを背負いついてくる。

 ライブラリの扉は鍵が開いていて勝手に入ることができた。私とリョウだけで中に入ってもだれからも咎められることはなかった。このケープのおかげなのだろう。


 リョウは机にランドセルを置いて、自由帳に絵を描き始める。筆箱の中のキャラクター鉛筆は一本減っていた。リースにあげたからだ。

 私はリョウを横目に見ながら本棚を眺める。このケープを着ていればライブラリのどの本を読んでもいいのだ。なんて素晴らしいのだろう。


 子供向けだと思われる絵本を手に取る。装丁は簡素だがカラー印刷だ。

 ページをめくると、沼から泥にまみれた動物やモンスターが上がってきている絵が描かれていた。

 これは以前アヤがいっていたスワンプマンの物語だろうか。以前、哲学かなにかの本でスワンプマンの思考実験を読んだことがあったが、あれとは違うものなのだろう。


「ママ、なに読んでるの」

「たぶん、スワンプマンのお話」

「スワンプマンってなに?」

「沼の男……かな、たぶん」

「待たせたね、行こうか」


 リースとアヤがライブラリにやってくる。

 いつもは被っていない制帽を二人とも被っている。リョウが貸してもらった帽子とおそろいの形だ。


「あの、謁見ってなにをすればいいんでしょうか」

「とくになにもないとは思うけど、質問されたら答えればいいよ」


 リースは帽子以外はいつもと同じ様子だった。

 アヤも特に緊張しているといった雰囲気でもないので、そこまで大変なことではないのかも知れない。

 一つの都市の皇帝なのだ。おそらく市長に会う程度のことなのだろうと自分を納得させる。


「ヨシエ様、その布鞄は置いていったほうがいいです。中に武器が入っているでしょう」

「武器というほどのものでもないけど」


 以前没収された持ち物は全て返却されていたが、元々たいしたものは持っていなかった。ペンケースとアルミの三十センチ定規とPTA新聞用のレイアウト台紙、それからイラミザの道具やで買った料理用の包丁が入っているはずだ。


「ここに置いておいていいよヨシエ。どうせまた戻って来るし」


 若干の不安もあったが二人に従い、大人しくエコバッグを椅子の上に置いた。

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