第二話 相変わらずとんでもないパーティーだな
片翼の魔物は凝望壁にぶつかり、粉々に砕け散った。レベルアップのファンファーレが聞こえる。
二階建ての屋根ほどの高さから、ヒロトは墜落する。
「ヒロト!」
戦うためのスキルを持っているとはいえ、ヒロトは十四歳の普通の少年だ。あの高さから落ちれば、運が良くても大怪我だろう。そう思ったが、ヒロトは無事だった。
「いてててて……」
路面に落ちたヒロトがむくりと起き上がる。
魔物が吐いた水のせいで、路地は水浸しだった。ヒロトの下には壊れた桶と、いくつもの芋が転がっていた。
桶からこぼれた芋が坂道を転がっていき、凝望壁にいくつもぶつかる。
「ボクがヒロトを助けたよ!」
いつのまにかリョウは隣りにいて、私のシャツワンピースの裾を握っている。いつものように、ランドセルは背負ったままだ。
「リョウ、時間操作で時間を止めてくれたの」
「うん、ヒロトが死んじゃうと思ったらちょっとだけ怖かったから、時間が止まった」
「俺の死に対する恐怖、ちょっとだけなの? てゆうか桶じゃなくてもっと布団とかさあ」
学生服の上下ともずぶ濡れになったヒロトが立ち上がる。
痛そうに腰を擦ってはいるが、目立った怪我はなさそうだ。
「ちょっとしか時間がなさそうだったから、そこにあった桶を持ってきたんだよ」
「リョウ、えらかったねえ。ヒロト、大丈夫?」
「無事か、みんな」
ケンイチが坂から駆け下りてくる。
凝望壁の下部に、小さな矢印がいくつも表示される。
「なんだこれ。芋を拾えっていってんのかな」
「ユウカに戻っちゃったら、お芋がぜんぶ転がっていっちゃうもんね。私、おかみさんに新しい桶をもらってくる」
「俺の心配より芋の心配!」
この世界では魔物やモンスターとの戦いは珍しいことではなかった。
この程度の出来事ならば、不安に感じることもないのだ。
芋の下ごしらえが遅れたせいで、酒場の厨房はいつもよりも忙しかった。
私は鶏肉と芋のシチューを少し遅れて仕上げる。この世界には鶏肉がある。にわとりが存在しているようで、厨房では丸鶏を仕入れている。
じゃがいもはまだ見たことがない。シチューに入っているのは、じゃがいもとさつまいもの中間のような、少し繊維の多い芋だ。
どのような品種なのか気になって、私のスキル生き字引で調べてみたが「芋」としか書かれていなかった。この世界には芋の類は一種類しか存在しないのかも知れない。
シチューはこしょうと刻んだ野草を入れれば完成だ。
「ママー、おなかすいた!」
「はいはい、ちょっとまってね」
「手伝おうか」
ケンイチがカウンターの前をうろうろする。
「じゃあ、これ運んで。窓際のお客さん」
「うん」
宿屋の一階にあるこの酒場に、私たちはもう一ヶ月以上滞在している。
長期滞在分を前払いし、正規の価格よりも安く宿泊させてもらっているのだ。手の空いているときには、宿屋の雑用を手伝うという約束もある。
「わーい、いただきます!」
「ちょっといいかな」
リョウがハンバーグを口にしようとした瞬間、ギルドマスターのラインハルトに声をかけられる。
「あっ、ラインハルトさんだ。ここ座る?」
「ああ、君たちに話がある」
なにやら不穏な雰囲気だ。
私は厨房をおかみさんにお願いし、家族のいる丸テーブルにつく。
「ラインハルトさん、パン食べる?」
「ありがとう。ところでまた騒ぎを起こしたそうじゃないか」
ラインハルトがヒロトをちらりと横目で見る。
中世ヨーロッパ風の服と簡易的な鎧を身に着けているが、そのひょろりとした体格と気難しげな顔つきは、新米の数学教師のようにも見える。
「うっ。でも俺、ガーゴイルを倒したんだよ」
「ガーゴイル倒したのアタシだよ。さっきママに確認してもらったら、レベル上がってたし」
「あれ、ユウカの判定になってんのか。ちくしょう」
「家屋を壊したのはすまなかった。ギルドを通して弁償しておいてくれないか」
ケンイチが皿に盛られたパンを差し出しながら交渉する。
「それはかまわないが、君たち家族が以前、花屋を破壊したときの借金もあるのでは」
「その件も合わせて、近いうちに完済を……」
「借金の話はさておき、君たちが倒したガーゴイルだ。あれをどこで見つけたんだ?」
「あの石の飛ぶやつ、ガーゴイルっていうんだ」
ユウカがオレンジに似た果物の皮を剥きながら返事をする。
「名も知らずに倒したのか。相変わらずとんでもないパーティーだな」
「俺、知ってたよ」
「ボクも知ってた! ガーゴイル、道の真ん中にいたんだよ」
「道の真ん中に?」
ラインハルトが受け取ったパンを自分の皿に置き、リョウに向き直る。
「うん。教会の向こう側から町を出たら、ちょっと行ったところの道にいた」
「湿地に向かう道のことか。なぜガーゴイルがそんなところに」
「それ、俺も思った。ガーゴイルってなんかこう、城とか守ってるイメージあるやん。なんでなんにもないとこにいたんだろうね。そんで、石化したまま動いてなかった」
「ふうむ」
彼はしばらく考えてから、残りのパンを食べ終え、席を立つ。
「今回のガーゴイル討伐については、ギルドから報酬を出そう」
「えっ、やった!」
「ただし、その報酬で破壊した家屋の弁償をしてもらうこととする」
「だよねえ」
一旦は喜んだヒロトとリョウだったが、二人で大げさに落胆した素振りをする。
「それと、砕け散ったガーゴイルの破片については、こちらで回収させてもらうがいいかな」
「いいよ。あんな石ころ、なんかに使えるの? 高く売れたりする?」
「いや、アレがどこから来たものなのか、特定しなければ」
ラインハルトはひとりごとのようにつぶやきながら、酒場を出ていってしまった。
ギルドマスターというのも、なかなか大変な仕事なのだなと私は思う。