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第二十四話 あらゆるものを収集している場所らしいし

 私たちがどこから来たのか。

 ライブラリアンのリースにそう尋ねられて、ケンイチは少し躊躇する。

 明確にわかっているものの、説明しようとすると曖昧になる。そもそも自分たちの身になにが起こったのか、私たちですらよく分かっていないのだ。


 二ヶ月近く前、私たち五人を乗せた新型ノアは嵐の夜に海に水没した。海底で出会ったのはウンリイネと名乗る女神で、このままでは助からないはずの私たちを、この異世界に転移させたのだ。

 そういった事情を全て説明してもよいものだろうか。

 イラミザでは、私たちの出自について尋ねられることはほとんどなかった。宿場町だからだろうか。様々な旅人が行き交う町では、奇異な服装をしていたりその土地の文化に詳しくなくとも特にいぶかしがられることはない。

 だが、ここでは違う。リースはライブラリアンで、あらゆる地域の情報や技術を収集したがっている。


「俺たちはとても遠くから来たんだ。おそらくここの地図にはない場所から」


 ケンイチは慎重に言葉を選んでいる。異世界転移してきたことを、隠すつもりはないようだった。


「興味深いね。その水没したという車に乗ってきたのかい?」

「ああ。家族で車に乗ってここに来た」

「もとの世界では、それらの道具は普通に使われている?」


 リースが「もとの世界」という言葉を使ったので、ケンイチはしばらく沈黙する。

 地域や地方ではなく「世界」といったのだ。あるいは私たちが異世界からやってきたことを、把握している可能性もある。


「スマホは、俺たちの住んでいた国ではかなり普及していた。老人や子供を除けばほとんどの人間が持っていると思う。車は地域によって異なるが、一家に一台か二台程度を所有している場合が多かったな」


 ケンイチは、かつていた世界を思い出しながら返事をしているようだった。

 この世界に転移してからまださほど経っていないはずだが、まるで遠い故郷の話でもしているみたいだ。


「なるほど。ずいぶん高度な文明が発達しているみたいだね。この筆記具、悪いが勝手に使わせてもらった。珍しい樹脂で作られている。とても精巧だ」

「それ、ふつーのプラスチックのボールペンだよ。ぜんぜん使っていいし、欲しいならあげる。代わりにスマホ返してよ」


 黙って話を聞いていたユウカが口を挟む。


「ボクのえんぴつもいる? 四本あるから一本あげようか?」

「ありがとう。ほんとに貰ってもいいのかい?」

「いいよ!」


 リースが、子供のように嬉しそうな表情をしたので、リョウもにこにこして椅子に座る。


「リース様」

「うん、そうだ。君たちの住んでいた国の話だった」

「ボクたち日本に住んでたよ。日本も好きだけど、ボクはイラミザもフォーレンも好きだよ」

「こらリョウ、今リースさんはパパとお話しているんでしょ」

「いいよ。じゃあここからはリョウに話を聞こう。日本からイラミザまでどうやってきたんだい」

「えっとね……、車で来たよ。海に入ってから来たの。最初はミカちゃんの森について、そこから砂漠を渡ってイラミザにいったよ。ヒロトはねえ、砂漠でサンドワームに飲み込まれたんだよ」

「ヒロトとは?」


 リョウがしまったという表情になる。


「えっとね、えっとね、ヒロトはボクのおにいちゃんで、サンドワームに飲み込まれてししんじゃった!」

「そうか、それは気の毒に」


 慌ててごまかしたせいで、ヒロトは亡き者にされてしまった。


「ボクの教科書を見せてあげるね」


 フォーレンの人々はリョウの持ち物に興味があるということを学習したのか、リョウはランドセルから国語の教科書を取り出す。


「なるほど」


 リースは少し難しい顔をして教科書を眺めていた。


「これはひらがなだよ。ボクもう漢字も書けるよ」

「漢字は見たことがあるな。あれは確か二〇番代の書架のあたりだったか……」

「えっ、漢字を知ってるんですか!」


 私はつい声を上げてしまう。


「かなり古い資料だから記憶があやしいけれど。あとで探してみよう」


 このライブラリに漢字の資料が残されているということは、日本人か中国人あるいは他の漢字を使う人間が、ここに転移してきたことがあるという証拠だ。

 妖精の王タイテも以前、他の世界から転移してきた人物がいるといっていた。それが数百年前の話なら、もうとっくに生きてはいないだろうけれど。 


「なんだリース、ここのテーブルを使っていたのか」


 リースと同じ服装をした長身の男性が、ブリキの箱を抱えてやってくる。


「ああトープ、ここ使いたかったの?」

「大丈夫、壁際のテーブルを使おう。もうすぐ面会があるんだ」

「なにか珍しいものでも?」

「いや、いつもの行商人さ」


 めんどくさそうに笑い、リースの同僚と思われる人物はライブラリの奥に見えなくなってしまった。

 行商人、という言葉にハモンドとトッピの姿を思い出したが、ここは各地方のあらゆるものを収集している場所らしいし、多くの行商人がやってくるのだろう。

 ハモンドは脱獄し逃亡しているはずだし、もうフォーレンから去っているかも知れないと思う。


「じゃあ、君たちの車とやらを見せてもらおうかな」


 リースは私たちに向き直り、笑顔でそういった。

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