第二十三話 僕からはちゃんと見えていたのだがなあ
「すごく広いね。リョウが迷子になりそう」
ユウカは周囲を見渡す。
「本棚に番号がふってあるから、それを目印にすれば大丈夫かな」
「ボク、イラミザの数字ならちょっとだけ読めるようになったけど、これは読めないよ」
「確かに、イラミザで使われている文字とは違うみたいね」
私は書架の側面に書かれている文字に手をかざし、生き字引を起動する。『機械都市フォーレン中枢ライブラリ書架番号643王都関連収集品』と表示される。
「643ってそんなにたくさん本棚があるの?」
「書架番号は1から順番に振られているとは限らないから、そうともいえないけど、でもそれくらいの数はあるかもね」
棚を見ると、目の高さの棚に革張りの厚みのある本がいくつも並んでいる。
ここに案内されているということは、背表紙を読むくらいなら許されるだろう。一冊に手をかざし生き字引で翻訳すると『女神の神話』と書かれていた。
「ママ、いつまで本を見ているの」
ユウカが呆れた声を出したので、私は生き字引を閉じる。
「こんなにたくさんの本を見るのって久しぶりだから。本当は取り出して読みたいくらいだけれど」
「どの本が読みたいんだい?」
天井近くから声が聞こえて、上を見上げる。
同じ並びの少し離れた書架の脚立の上に、男の子が一人座っていた。
「こんにちは! ボク山田リョウくん」
久しぶりに同世代の子供に出会ったせいか、リョウは背伸びをし脚立を見上げて嬉しそうに挨拶をする。
男の子は本を数冊抱えたまま脚立を降りてきて
「こんにちは。僕はリース」
とリョウに挨拶をした。
アヤの服装に似た制服を着ているが色が違う。深い緑色で襟や袖には金の装飾が施されている。
「あっ、リース様こんなところに。謁見があるとお知らせしていたではないですか」
ライブラリの中を探していたアヤが駆け戻ってくる。
「だから、ちゃんとここにいたじゃないか」
「見える場所にいてくれなくては困ります」
「僕からはちゃんと見えていたのだがなあ」
「ねえ、リースくんがライブラリアンなの?」
「そうだよ。いろんなものを収集して調べるのが僕の仕事なんだ」
リースは身長も体格も、小学一年生のリョウとほとんど同じように見えたが、よく見ると耳が少し尖っている。口調も随分と落ち着いているし、人間ではない種族なのかも知れない。
つまり、リョウよりも年齢がかなり上である可能性が高いが、リョウが嬉しそうなので、あえてそれはいわないでおく。
「リースくん、ボクの教科書見る?」
「ああ、見せてもらおうかな。それから君たちから預かっているものもいくつかある。えっと、山田ケンイチっていうのは……」
「俺だ」
「あっ、パパいたの。ずっと静かだったから、いること忘れてた」
ケンイチの声に、ユウカは驚いたように振り返る。
「ケンイチがパーティーリーダーということでいいのかな。ではまず、君から話を聞こう」
ケンイチが無言で後ろからついてきたことは知っていた。
ただでさえ普段から口数が少ないのに、疲労するとより無口になることを知っているので、あえてなにも話しかけなかったのだ。
仕事が忙しすぎるときなど、よくこのようになっていたし、こういうときになにかを話しかけても逆効果になることを経験上私は知っている。
リースとケンイチが向かい合って机につく。
机上に並べられたのは没収されたスマートフォンや筆箱だった。私の包丁もある。
「あっ、アタシのスマホ」
「これは不思議な道具だった。なんらかの暗号を入力しないと起動しないようだけど。それに昨晩から点灯しなくなった」
「ああ、バッテリーが切れたんだ」
「バッテリー」
「これは電力で動くただの通信機器で、しかもこの世界では通信に使うことができない。返してもらえないか」
ユウカとリョウはなにかをいいたそうにうずうずしていたが、まずはパーティーリーダーから話を聞くと念を押されたので、黙って立っている。
「電力を回復する方法は?」
「充電するための道具があったんだが、車に置いてきてしまった。そして、その車は湿地の沼に水没してしまった」
「車が水没」
悲惨な有り様を淡々と語るケンイチがおもしろかったのか、リースは少し笑う。それでもケンイチが真顔だったので、咳払いをして話を続ける。
「それは気の毒だった。水没した車を引き上げれば、この道具を再び使えるようになるのかな? それならばこちらで車を引き上げるように手配しよう」
「それはありがたい。ついでにフォーレンの冒険者ギルドに登録できるようにしてもらえると助かるんだが」
「なんだ、君たちはまだどこのギルドにも登録していないのか。そんな後ろ盾のない状態で、よく投獄されなかったなあ」
「いや、投獄されたんだが」
「あっ、そうだったそうだった」
リースは笑いをこらえている。おそらくわざとそういったのだろう。
見た目より大人びてはいるものの、いたずらっ子のような風情を漂わせている。
「リース様」
「ああうん、わかった。ギルドマスターに話をつけておくから、あとで登録しにいくといいよ」
背後に立っていたアヤにたしなめられて、リースは事務的な口調に戻る。
「スマホ……、この通信機以外の物については、特に説明する必要はないかな」
「いや、まだ聞きたいことがたくさんある。まずは、君たちがどこから来たのか、だ」
リースは頬杖をついて落ち着いたそぶりを見せたが、その目には強い好奇心が宿っていた。




