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第二十一話 いつも心配する母親に

 私たちにあてがわれた来賓用の部屋にアヤが持ってきてくれたのは、四本の羽根ペンと一束の紙だった

 リョウは意気揚々とペンを手に取り、もらった紙に絵を描き始める。


「リョウ、それ羽根ペンじゃないの。インクを付けなくても描けるの?」

「描けるよー」


 リョウの隣に座り、羽根ペンの一本を手に取る。

 白い鳥の羽で作られていて、軸の部分の先端が斜めにカットされている。軸が中空になっていて、そこにインクが詰められているようだ。先端には樹脂のようなものが詰められ、インクが少しずつ出てくるようになっていた。


「へえ、ボールペンみたいな仕組みになっているのね。書き味も悪くない」


 紙は少しざらつく繊維で作られていた。真っ白ではなく淡いベージュで、天地に裁断の跡がある。緩くたわんでいるので、ロール状のものをカットしたのだろう。

 子供のお絵かき用に安価な紙をくれたのだろうと思う。


「いつまでペンと紙を観察してるの」

「フォーレンは、イラミザより技術が進んでいるけれど、各地の旅人から技術を習得しているのよね。私たちの持っている知識も知りたがっているみたいだし」

「そういえば、アタシの教科書は……」


 ユウカがいいかけて口を噤む。椅子に座り羽根ペンを手に取り、


『アルカードさんのところに教科書置きっぱなし』


 と書き記す。


「なにものなんだ、そいつは」


 ケンイチも席についたので、私は筆談でアルカードのことや昨夜のことをケンイチに伝える。

 リョウも筆談の様子を見て必要だと感じたのか、アルカードとフライデーのことを絵に描く。


「リョウ、なかなか上手やん」

「えへへ。きゅうたいかんせつが上手に描けたよ」


 ユウカに褒められて気をよくしたのか、リョウはハモンドとトッピの絵を描き始める。ふわふわした毛の質感が丁寧に描けていて、よく特徴を掴んでいると思う。


「なるほど、そういうことだったのか」


 ケンイチは難しい顔をして唸っている。


「文句もあるでしょうけど、こっちだって大変だったのよ。みんなケンイチを助け出そうと一生懸命だったんだし」

「分かってる。ただ、こいつの立ち位置が問題だな」


 ケンイチはリョウの描いたアルカードを指し示す。


「そうね、ここはフォーレン政府の組織なんでしょう?」

「詳しいことは聞いていないが、ライブラリアンという技術収集のための人物たちがいるらしい。そいつらは当然フォーレン政府の人間だろう。俺たちはそちら側に協力する立場にある」

「でもさ、別に協力しないといけない義理もないんでしょ?」


 ユウカは紙に二頭身のキャラクターを描きながら話をしている。よく見ると、それはミカラスとタイテだった。さすがに高校生なのでかなり絵が上手い。


「協力する理由はいくつかあるが、ユウカはスマホを取り戻したいんじゃないのか」

「あっ、そうだった。もー、教科書は別に戻ってこなくてもいいけど、スマホは取り戻したい」

「珍しいものだから、返してもらえないかもよ」

「そのときは、みんなで戦って取り戻そう」


 ユウカが珍しく好戦的なので、リョウは絵を描く手を止めてユウカの顔を見上げた。


 用意された食事はなかなかに豪華なものだった。

 コース料理とまではいかないが肉料理に新鮮な生野菜が添えてあり、穀物のリゾットのようなものがついている。

 数種類の果物と、スコーンに似た焼き菓子が大皿に盛られたものがテーブルの中央に置かれる。


「わーい、お肉だ!」

「イラミザを発ってから軽食ばかりだったから、ありがたいね」

「不足があればお申し付けください」

「アヤちゃんも一緒に食べる?」

「いえ、私は控えで食べます」

「そっかー」


 アヤは食事を配膳してから、すぐに部屋を出ていってしまった。


「ヒロト、ちゃんと夕ご飯食べてるかな」

「大丈夫じゃない。楽しく暮らしてそう」

「ねえねえ、ユウカはリードとトーンといっしょにいたとき、なにを食べてたの?」


 なんとなく聞けていなかったことを、リョウが突然尋ねる。もう二ヶ月ほど前の話だ。


「うーん、なに食べたんだろう。あんまりちゃんと食べてなかった気がする。でも別にそんなにお腹空いてなかったし」

「非日常的な状況だと、お腹が空かなかったりするものね」

「ボク、ちゃんとおなかすくよ」

「リョウにとっては、この世界での毎日がすっかり日常なのね」


 私は肉を咀嚼しているリョウの頭を撫でる。


 私だって若い頃は、食事をするのも忘れてなにかに夢中になることが多々あった。でも今は、家族のだれかが空腹でないか、いつも心配する母親になってしまっている。

 ユウカもヒロトももう大きいのだし、七歳のリョウでさえ自分が空腹であることをきちんと申告できる。

 いちいち私が気を回す必要はないのだけれど、長年染み付いた習慣はそうそう消えるものではない。


「パパは、ろうやのごはんおいしかった?」

「食べられなくはなかったが、心配で食べた気がしなかった」

「心配? なにが?」

「おまえたちが無事かどうか、心配していたに決まってるだろう」

「大丈夫だよ。アタシたち三人、スキルを使えばたぶんパパより強いよ」


 ケンイチは一人で戦うすべを持っていない。

 心配されるとすればケンイチのほうなのだが、やはりケンイチも親として子供たちを心配する習慣が抜けないのだろうと思う。

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