第二十話 まるでひとつの機械のように
ケーブルカーには私たち家族しか乗っていなかった。
ケンイチは周囲を観察し隠しマイクの有無を確認してから、私たちに向き直る。
「ヒロトはどこにいったんだ」
「ヒロトなら、フライデーといっしょにアルカードさんのところにいったよ」
「だれなんだそれは」
「パパ、フライデーに会ったやん。ボーラーに乗ってガーディアンを倒してた機械の女の子だよ」
ケンイチは少し考えて、フライデーのことを思い出したのか深いため息をつく。
「なぜヒロトだけが別行動をしている」
ヒロトはフライデーに強引に連れて行かれてしまったのだが、それをいうとケンイチが更に心配するだろうから黙っておく。
「アルカードさんはフライデーを作ったハカセだよ。優しいよ」
「ヒロトはアルカードさんとフライデーのことを気に入っていたの。きっと大丈夫だと思うよ。ケンイチを助ける作戦を考えてくれたのも、ヒロトとアルカードさんだし」
「助けに来なくても、俺は自力で看守に交渉していた」
「パパ、そんないいかたないんじゃない。みんなパパのことすごく心配してたんだよ。リョウだって泣きそうだったんだから」
「ボク、泣かなかったよ」
リョウがケーブルカーの座席から立ち上がって胸を張る。
「それは悪かった。だが、できるだけ家族が離れるようなことは起こって欲しくない」
「ヒロトなら大丈夫だよ。どうせ家族から離れたことなんてあんま気にしてないと思うよ」
それはそうだろうし、そうであって欲しいと願う。
ヒロトは親から離れたからといって寂しがる年齢ではない。「一人で冒険する年齢」なのだと本人も以前いってたのだから。
話をしているうちに、ケーブルカーが高層ビルのデッキに停まる。
自動ドアが開いたので降りると、デッキには黒髪の女性が一人立っていた。
「山田ケンイチ様とそのご家族ですね」
「ああ」
「案内役を努めさせていただくアヤと申します」
「よろしくね、アヤちゃん!」
リョウが元気よく挨拶をする。
アヤは姿勢が良く軍人のような振る舞いをしているが、監獄の看守や兵隊たちとは違う服装をしていた。濃い青の詰め襟に金色のトリミングがしてある。
「こちらで全員ですか?」
「全員だ。いまのところは」
彼女はケンイチの曖昧な返事に少し眉をひそめるが、なにごともなかったかのように私たちを案内してくれる。
「フォーレンの中枢まで、私が同行させていただきます。明日にはライブラリアンとの謁見があります。部屋を用意してありますので、今夜はゆっくり過ごされて下さい」
「モノレールだ。ボク、モノレールに乗るのはじめて」
リョウが一番乗りでモノレールに乗り込む。
ここが始発駅らしく到着時にはだれも乗っていなかった。私たちが乗り込むと同時に、他の車両に数人の乗客が乗っていった。遠目だが皆かっちりとした身なりをしているように見える。イラミザとも、フォーレンの下町とも違う。
「ねえアヤちゃん、私たちの持ち物はいつ返してもらえるの?」
「持ち物はすでにライブラリアンのところに搬送されています。返却できるかどうかはわかりませんが」
「えー、困る」
「ボクのふでばこも取られたままなんだよ。えんぴつがないとお絵かきできないよ」
しょんぼりするリョウを見て、アヤは
「描くものが必要なら、新しいものを用意させましょう」
と事務的な口調でいった。
やはりフォーレンの住人は子供に甘いらしい。
途中でいくつかの駅に停車し、モノレールは機械都市フォーレンの中心部に到着した。都市の中枢だと思われる一番高い塔の、ひとつ手前のビルの屋上デッキに終着駅がある。
アヤと同じ制服を着た男女が数人降り、建物の中に入っていく。
「すごいねー、都会って感じだねえ」
高層ビルのデッキから見下ろしたフォーレンは、靄がかかっていて幻想的だ。
ゆるやかな螺旋を描くモノレールと、各駅から放射状に出ているいくつかのケーブルカー、それから下町を行き来するいくつもの小さな気球。
都市全体がまるでひとつの機械のように複雑に絡み合って構成されている。
アヤの案内に従ってビルの中に入り、大きなガラス窓に沿った長いエレベーターを降りる。
「こちらに部屋を用意してあります。必要なものがあればお申し付けください」
「わー、広ーい!」
「やった、お風呂があるやん。ねえアヤちゃん、お風呂に入ってもいい?」
「どうぞ。あとで夕食の用意をさせます」
「至れり尽くせりね」
案内された部屋は来賓用の客室といった風情だった。リビングを中心に五部屋の寝室がある。それぞれの部屋にコンパクトなバスタブとシャワーがついている。まるでホテルのスイートルームだ。
「ヒロトも一緒にくればよかったのにね」
アヤが出ていったことを確認してから、ユウカが小さな声でいう。
「ヒロトは一体どうしたんだ。昨晩はなにがあったんだ」
「盗聴されてるかも知れないんでしょ、ここ」
ユウカはリビングのソファーの上に学生鞄を置き、部屋の中を見渡す。
部屋をノックする音がして、アヤがまた入ってくる。
「ペンと紙を持ってきました。どうぞ」
「わーい、アヤちゃんありがとう!」
リョウはすばしっこくそれを受け取り、アヤに向かってぺこりとお辞儀をした。




