第十九話 それなのにお前たちときたら
「わあああっ! フライデー!?」
ヒロトの声が遠くなっていく。
フライデーはヒロトを抱きかかえたままビルからビルへと飛び移り、とうとう姿が見えなくなってしまった。
「ヒロト、お姫様だっこされていっちゃった……」
ユウカが呆然とフライデーの背中を見送る。
「た、大変!」
「まあ大丈夫じゃない? 方角的にアルカードさんの研究室に向かったみたいだし」
「ヒロトが『俺も一緒に行く』っていったから、フライデーは命令だと思っちゃったのかなあ」
「それあるかも。従順なのねえフライデー」
「大丈夫かな。ヒロト落っこちたりしないかな」
ユウカとリョウは、さほど心配していなさそうだった。
ヒロトのことを憂慮する暇もなく衛兵たちに見つかる。私たち三人は、両手を上げて敵意がないことを知らせる。
「ヨシエ!」
衛兵の後ろから、ケンイチが走ってやってくる。
「あっ、パパだ」
「パパ、捕まってなかったの」
「ずっと探していたんだぞ、どこに行っていたんだ」
「えっと」
簡単に説明しようとしたが、状況がややこし過ぎる。アルカードはフォーレン政府に反逆しているようだし、彼とともに行動していたことは知られない方が良いだろう。
「ヒロ……」
ケンイチがヒロトのことを尋ねかけたので、指を口元に当ててそれ以上いわないようにゼスチャーをする。
「君の探していた家族はそれで全員か」
ケンイチのそばに見知らぬ男がやってくる。今朝尋問された男と同じ制服だが、彼よりも少し若い。
「いえ……」
「とりあえず、これで全員です」
強引に口を挟んだ私のことを、ケンイチは若干不服そうな目つきで見てくるが、とりあえず話を合わせてくれる。
「ボクたち四人で来たよ!」
リョウも空気を読んで話を合わせる。ユウカはなにもいわず黙ってた。
「では、君たちの処罰は後に検討するとして、まずは中枢に向かってもらう。協力せぬとはいわせない。衛兵を倒した罪、不法侵入の行商人を脱獄させた罪で、重罰が課されることになるぞ」
「ボク、おなかすいたよう」
「む、ならば仕方がない。軽食を用意する。それをとってから出発だ」
男は厳しい顔つきのまま、リョウのことを見る。
フォーレンの人々は一見気難しそうに見えるが、意外と子供に弱いのではないかと思う。
アルカードがリョウを交渉人に仕立てる作戦を立てたのも、それを知ってのことだったのかも知れない。
私たちは尋問室のような小部屋に入れられ、パンと肉の缶詰、それから金属のカップに入った温かいスープを与えられた。
小さな机を四つの椅子で取り囲み、提供された食事をとる。
部屋の外には見張りがいた。壁に大きめの鏡が貼られているので、マジックミラーになっていてそこからも監視されている可能性がある。
「一体、なにがどうなっているんだ」
日本語での筆談ならば読み取られることもないだろうと思ったが、筆記具は全て没収されていたことを思い出す。スマートフォンもない。私は仕方なく小声で会話をする。
「ケンイチが心配していることなら、たぶん大丈夫。安全な状況にいるはず」
「はず?」
ケンイチは私の言葉尻をとり、眉をひそめる。子供の行方が一人知れていないのだ。当然の反応だろう。
「このパンおいしいね。でも昨日食べたクッキーはもっとおいしかったよ」
リョウの言葉で、昨晩は安全な場所にいたことを理解したのか、ケンイチはそれ以上はなにも尋ねなかった。
「パパは昨日はなにしてたの?」
「監獄の責任者を呼んでもらい話をしたんだ。没収されているスマホの使い方や、以前にいた世界のことも少しだけ話をした。家族を探し出すことを条件に、ライブラリアンに会うことを約束したんだ。それなのにお前たちときたら」
「ライブラリアン?」
「中枢には異国の文化を収集しているライブラリがあるらしい。本来、俺たちの目的も中枢に行くことだった。だから一石二鳥だと思ったんだが、このまま俺たちだけで中枢に向かって大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。新しい友達もできたみたいだし」
ユウカは缶詰を開けるのに苦戦しながら返事をする。ケンイチはユウカから缶詰を受け取り、それを開けてユウカに手渡す。
「友達か。信頼していいんだな?」
「どうだろう」
ケンイチはちらりと鏡の方に目を向けて、それ以上の会話をやめた。
食事を食べ終えると、すぐに衛兵が迎えにきた。
エレベーターで高層階まで登る。エレベーターはごうんごうんと大きな音がし、機械仕掛けで動いているようだ。
高層階のデッキに出ると、ケーブルカーの発着所があった。
十人ほどが乗れるゴンドラのようになっていて、どこに繋がっているのかはビル郡と靄に隠れて見えない。
「これに乗り止まったところでモノレールに乗り換えろ。向こうに人を待たせてある」
「よろいのおじさんは行かないの?」
衛兵はリョウのことを少し見つめてから
「ああ、ここでさよならだ」
と表情を変えないままいった。




