表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

第一話 それぞれが得意なこと

 厨房からスネ肉を煮込む香りが漂ってくる。

 私は酒場の裏の水場で、桶いっぱいの芋を剥きながら空を見上げる。正午も近いけれど、大きな太陽とそれに寄り添うような少し小さな太陽は、まだ低い位置にある。


 私たち家族がこの世界に転移してきたときには、まだ秋だったけれど、あれから一ヶ月以上は経っているのだ。

 この世界に四季があるのならば、まもなく冬がやってくるのだろう。


「ママ、手伝おうか?」


 厨房の勝手口を開けて、ユウカが声をかけてくる。

 相変わらずイヤホンはつけっぱなしで、ポケットの中のスマートフォンにつながっている。音楽でも聞いているのだろう。


「ユウカもう帰ってきたの。あっ、もうお昼になっちゃう。大変」


 私はシャツワンピースのポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認する。ロック画面には2022年11月18日、11時41分と表示されている。

 魔法でスマートフォンの時間を戻したことがあるので、数日ずれている可能性はあるが、なんとなくそのままにしてある。

 この世界では正確な日時や曜日を知らなくても、たいして困ることはなかった。


「お芋、全部剥くの?」

「うん。でもいいよ。ヒロトたちとレベル上げしてたんでしょ」

「スライムなんか倒しても全然レベル上がらないし、あいつらすぐ私を盾にするからもういいよ」


 ユウカはふくれっつらをして、椅子代わりに置かれている丸太の上に座り、小型の包丁を手に取る。


「盾にされるのが嫌なら、ちゃんとそう伝えればいいよ」

「ママと厨房の手伝いをしてるほうがラク」

「でも、いざという時に戦えないと困るでしょう」


 剥きかけていた芋を桶に放り投げて、ユウカは不機嫌そうに話し始める。


「ママはさあ、女の子だから家事を手伝え、みたいなことを私にいわなかったけれど、自分はそういう役割ばかり背負ってるよね。この町での滞在中も結局レベル上げをせずに、酒場の手伝いや宿の掃除ばっかやってるし」

「そんなことないよ。教会の修復も手伝ったりしているし。そもそも、私のスキルは対象の情報を閲覧するだけで、戦うこともできないし、レベルが上がっても意味がなさそうだから」

「その包丁は戦うために買ったんじゃなかったの」


 私は自分の手にしている包丁を見る。確かに、自分や家族の身を守るために買った包丁ではあるが、肉の切れ味はいいし芋の皮も剥きやすい。


「それぞれが得意なことをすればいいんだと思うよ」

「それなら、私はこっちを手伝うの」

「そっか……」


 子育ても難しいものだと思う。三人とも同じように育ててきたつもりだし、ユウカばかりに世話役や盾役をさせたくない気持ちはある。

 ただでさえ長女だし、弟たちが甘えてくるのも無理はない。

 ジェンダーロールとやらに縛られた生き方をして欲しくはないが、昭和に生まれて昭和に育った私には、その手本となるのはなかなか難しい。

 

「あっ」


 再び手にした芋を、ユウカが取り落とす。酒場の勝手口側の道は緩やかな坂になっていて、落とした芋が転がっていく。


「大変」


 立ち上がって芋を追いかけようとすると、更に何かが転がっていく。


「なにこれ」

「……石?」


 振り返ると、小石がいくつも転がってきている。屋根の上から転がり落ちてきているようだった。


「わーっ、ママー! ユウカー! 逃げてー!!」

「ヒロト!?」


 上空から現れたのは、羽の生えた魔物だった。

 全身は石でできており獣のような顔と羽を持っている。ほとんど崩壊した片翼でバランスが取れずに、魔物は屋根にぶつかり落下する。その曲がった背中の上に、なぜだかヒロトがしがみついている。


「わああ、もうだめだ!」


 ヒロトのスキル、遊戯創生(ゲームクリエイション)によって具現化された、珀刻(こはく)というゲームキャラクターが屋根伝いに走ってくる。


「ヒロト、ガーゴイルの右翼も壊せ!」


 坂の上からケンイチが駆け下りてくる。

 コントローラーを持っていないところをみると、ヒロトから離れすぎたために、遊戯創生(ゲームクリエイション)が使えなくなってしまったのだろう。


「や、やろうとしてるんだけど」


 ヒロトを乗せた魔物はコントロールを損ない、屋根にぶつかりながら行ったり来たりを繰り返している。

 崩壊した破片が小石になって降ってくる。

 ヒロトは片手で魔物の首に掴まり、片手でコントローラを操作しようとしているが、うまくいかないらしい。

 珀刻は虚空に向かって双剣を振るったり、屋根の上で無駄にジャンプしたりを繰り返している。


「ヒロト!」

凝望壁ウォールオブザーバー!」


 背後でユウカの声が聞こえ、壁が出現する。

 ユウカは半透明な緑色の板状になり、その背を屋根よりも上に伸ばす。ユウカのスキル、凝望壁ウォールオブザーバーだ。


「的……? ここにぶつかれっていってんの!?」


 凝望壁ウォールオブザーバーに表示された射的の的のようなマークが、返事をするように点滅する。

 それでもヒロトが躊躇しているので、的の中心に「100ポイント」と表示される。ユウカの呆れた顔が目に浮かぶ。

 壁状態になったユウカは喋ることができないので、しばしばこのようにして意図を伝えてくるのだ。


「ユウカなら大丈夫だ! ヒロト!」

「えーい、もうどうにでもなれっ!」


 ヒロトはコントローラーを放り投げ、石の魔物の首を強く締め上げる。

 魔物が雄叫びを上げ、口から大量の水を吐く。馬の手綱のようにその首を引き、片翼の魔物は猛スピードで凝望壁(ウォールオブザーバー)にぶつかる。


「わーん、ヒロトーっ!」


 坂の上からリョウの泣き声が聞こえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ