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第十八話 逃げなきゃ、フライデー!

 階段を登って非常口の鉄扉を開けると、外は空中庭園に繋がっていた。建物から外側に張り出すようにデッキがあり、植栽や納屋、気球を停めておく場所があるようだった。

 ここが何階なのかは分からないが、上にも下にも階層がある。


 土の敷いてある狭い通路を歩いていくと、低木の枝にトッピが繋いであった。

 見張もいないしつなぎ方も厳重ではない。とりあえず繋いではあるがトッピが全力で引っ張ればいつでも逃げられそうだ。


「あら、餌をもらったの。悠長なもんね」


 トッピの足元には小さめの飼い葉桶が置いてあり、中身は空っぽだった。トッピは口の周りについた草を長い舌で舐め取りながら、満足げな表情をしている。


「おなかいっぱいなの? よかったねトッピ」


 ユウカはトッピのふわふわした毛に手のひらを埋める。


「ねえねえ、ハモンドさんはろうやでなにか食べたの?」

「独房でヤギのチーズのサンドイッチが出たわ。悪くなかった」

「そっかあ、おいしそう」

「よかった。じゃあケンイチもごはん食べたのね」

「あんたたちのパパも、あんな風に戦えるの?」


 ハモンドは木に繋がれたトッピの綱を解きながら、リョウに尋ねる。


「パパは弱いよう。あのねえ……」

「リョウ」


 つらつらと情報を漏らすリョウを嗜める。

 アルカードがいっていたように、ここではだれが味方でだれが敵なのか分からない。私たちはあまりにも油断しすぎだし、状況に流されすぎだ。


「じゃあトッピも回収できたし教えてあげる。あんたたちのパパはなかなか賢いわね。まずなにをしたと思う?」

「ろうやのすきまから、敵をぼこぼこにした!」

「ATMをばたーんって蹴り飛ばして独房を壊した?」

「パパのことだから買収とかしたんじゃない?」

「あら、ユウカ正解。あの人どこに隠し持ってたのか、見張りの兵に金貨を渡して監獄の責任者を呼んでもらったの。で、責任者が来て独房の前でしばらく話をしていたんだけど、交渉がうまくいったのかあそこから出ていったわ。異文化の話をしていたから、おそらく中枢に行くつもりね」


 金貨はおそらく、独房の中でATMから出金したのだろう。ハモンドはまだケンイチのスキルを知らないらしい。


「パパだけどっかに行っちゃうの?」

「ケンイチのことだから、おそらく家族を探し出して一緒に連れて行くことを条件としていると思う」

「じゃあ、パパアタシたちのこと探してるんじゃない。行かないと」

「そっか、じゃあ俺たちも捕まえてもらう? そしたらパパといっしょにいるえらい人のところに話がいくかも」


 ヒロトの提案に、ハモンドは神妙な顔つきになる。


「ヒロトは大丈夫だろうけれど、その機械人形は置いていったほうがいいわ」

「フライデーを? なんで?」


 ヒロトが不服そうに声をあげる。


「その精巧さ、どうせアルカードのところの機械人形でしょう?」

「ハモンドさん、アルカードさんのこと知ってるの」

「フォーレンの反政府ゲリラよ。アタシみたいな事情通なら知ってる人物だわ。一時期は泥人形にハマっていたと思ったら、今度は機械人形」

「アルカードさん、泥人形なんか作ってたんだ」

「泥人形、たのしそう」


 ハモンドの話を信じるならば、アルカードはこの都市では犯罪者だ。

 ここは一旦フォーレンに降伏し、ケンイチと合流をしたほうが得策だろう。


「アルカードさんは悪いやつじゃないよ。なあ、フライデー」

「はい、アルカードは、正しいことを、成し遂げます」


 ずっと黙って立っていたフライデーだが、質問すると答えてくれるようだった。


「でもねヒロト、人にはそれぞれの正義があるけれど、それが法を犯すこともあるの。多くの紛争は、それぞれ自分が正しいと思ったことを主張しているのだし」

「じゃあママはアルカードさんが正義を主張している悪人だっていうの?」

「そうはいってないけれど、一旦は降伏してケンイチと合流したほうが……」

「やだよ。フライデーまで捕まったら、なにされるか分からないじゃないか。分解とかされちゃうかも」


 分解、という言葉を聞き、フライデーは少しだけ眉を上げる。


「機械人形ならアタイが預かってもいいのよ。衛兵に見つからないうちに逃げるつもりだから」

「ハモンドさん、フライデーのこと売っちゃいそう」

「疑い深いわねえ。いいことよそれ」

「フライデーなら一人で帰れるんじゃないかな。ねえ、フライデー?」


 私はフライデーに尋ねてみる。


「はい。フライデーは、一人でアルの研究室に帰れます」

「俺も一緒に行く!」

「え、ボクはどうしよう」


 リョウはヒロトとフライデーを見比べて困った顔をしている。


「ヒロト、アルカードさんのところにはまたあとで行けばいいじゃない。一旦はフライデーは安全なところに帰ってもらって、私たちはケンイチと合流しないと……」


 揉めているうちに、足音が聞こえてくる。おそらく衛兵が周囲を探しているのだろう。


「アタイはもう行ってもいいかしら? 冤罪とはいえ一旦捕まると面倒なのよ。じゃあね」


 ハモンドは挨拶もそこそこに、トッピの縄を持って走って行ってしまった。

 荷物が減ったとはいえ、意外とトッピの足が早いのに驚く。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「逃げなきゃ、フライデー!」

「承知しました」

「えっ、わあっ」


 ヒロトの声に答え、フライデーはヒロトを両手で抱える。

 それから、そのまま高くジャンプして、他の建物に飛び移ってしまった。

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