第十七話 みんな強くてすごいわあ
ヒロトとリョウは階段を駆け下りていく。
私はユウカと並んで、あとに続くフライデーを追いかけ走る。ユウカはもっと足が速いはずだが、私の走る速さに合わせてくれているのか、あるいは全力で走るのが面倒なのかも知れない。
「脱獄とかしていいのかな。だってこのままほっといてもパパは釈放されるはずだったんでしょ」
「でも、スマホと筆箱は戻ってこないかもよ」
「それはやだなあ。ペンケースはどうでもいいけど」
「そうか、いまどきは筆箱といわずにペンケースっていうのね」
緊張感が欠けているのか、ついどうでもいいことを話してしまう。
「独房だ!」
ヒロトが大きな声を出したので、見回りをしていたと思われる衛兵が前方から駆けつけてくる。
後ろからも数人が駆けてくる足音が聞こえる。
「もう、しょうがないなあ。凝望壁!」
ユウカが凝望壁に変化し後方から来る追手をブロックする。
前方ではヒロトとリョウが遊戯創生を起動して珀刻と蒼翔 を出現させる。
フライデーは両足を開き、低く身構えている。
私はエコバッグを探るが包丁は没収されてしまったことを思い出し、仕方なくアルミの三十センチ定規を構える。が、とくに出番はなさそうだった。
前方から来た見張りの兵は、あっという間にフライデーが倒してしまったし、後方からは壁を叩く音が聞こえるが、凝望壁はびくともしない。
「ユウカ、大丈夫? 痛くない?」
振り返り尋ねると、凝望壁の一部が小さく二回点滅した。返事のつもりなのだろう。
「パパー! 助けにきたよー!」
リョウは倒れている兵をまたいで独房を探すが、空の部屋ばかりだ。
「パパいないやん。もう解放されちゃったのかな」
「あんたたち、助けてちょうだい!」
奥の房から聞き覚えのある声が聞こえる。
「あっ、ハモンドさんだ! ハモンドさんなんでこんなところにいるの?」
「冤罪よ冤罪。アタイを出してくれたら、あんたたちのパパの居場所も教えてあげる」
「ママ、えんざいってなに?」
リョウは私のことを見上げる。
ハモンドはリョウに向けて檻から手を差し出している。
「なにも悪いことをしていないのに、捕まっちゃったってこと」
ハモンドのいっていることは本当だろうか。
もし冤罪なのならすぐに解放される可能性もあるだろうし、このまま放置しておく方が良い気がする。
もしここでハモンドの脱獄を手伝えば、私たちも罪に問われるだろう。
「どうやって助けたらいいの?」
「ここに鍵があるでしょ? これを壊してくれればいいわ」
「いいよー。行け、珀刻!」
「ちょ、ヒロト待って……!」
私の制止も聞かずに、珀刻は双剣を振るい、独房の鍵を簡単に壊してしまった。
「助かったわあ、ありがとう」
やってしまったことは仕方がない。私は気を取り直してハモンドに尋ねる。
「ケンイチがどこにいるか知っているんですか?」
「あんたたちのパパなら中枢に連れて行かれたわ。珍しい持ち物を持っていたし、異国の話を聞きたいんでしょうね」
「しまった。パパルートで捕まるのが正解だったんじゃ?」
ヒロトはコントローラーを握ったまま頭を抱える。
「トッピを取り戻す手伝いをしてくれたら、中枢に行く近道を教えてあげる」
「トッピも捕まっちゃったの? かわいそう」
「そうなのよ。ほんとにひどいやつらよね」
私が口を挟むひまもなく、話がどんどん進んでいく。
こんなとき私はどうもだめだ。ケンイチの存在は大きかったのだなと改めて思う。
ヒロトの指示で、凝望壁は、人間が一人がぎりぎり通れるくらいの入口を開ける。
そこから入ってきた衛兵を、珀刻と蒼翔 が両脇から攻撃する。
向こう側の敵が怯んだ隙に、フライデーは入口を抜ける。向こう側で衛兵と戦っている音が聞こえる。珀刻と蒼翔 も壁の向こう側に行き応戦する。私が手伝えることはなにもなさそうだ。
「私、いつもみんなが戦っているところを見ていないような気がする」
ひとりごとのつもりだったのだが、ユウカは気を使ってくれたのか、凝望壁の透明度が少し上がる。
磨りガラスのようだった壁の向こう側が、若干見えやすくなる。
「すごいわね、このスキル」
ハモンドが壁を見つめつぶやく。
その声がいつもと調子とはなんだか違うような気がして、ハモンドの横顔を見るが、なんてことはないいつもの楽しげな表情だった。
脱獄の最中なのに悠長なものだと思う。
向こう側の衛兵を全て片付けたので、ユウカが元の姿に戻る。
「ユウカ、こんなこともできたのね」
「なんかやってみたらできた」
「みんな強くてすごいわあ。頼もしいパーティーね」
「ママはね、強くないんだよ」
リョウはなぜだか誇らしげに胸を張っている。
「ハモンドさん、トッピどこにいるの? 助けにいかなきゃいけないんでしょ」
「おそらく建物の中にはいないと思うんだけど。無害だと思われてるしね」
「無害だと思われてるってことは、本当は無害じゃないの?」
「ふふふ、どうかしらね」
ハモンドは意味ありげな笑顔を作り、倒れた衛兵をまたいで先へ進む。
「この人たち、大丈夫かな」
「呻いているし、死んではいないと思うよ。流石に人間を殺すのは抵抗がある」
「そっか、よかった」
「甘いわねえ。殺すか殺されるかの戦いだってあるのに」
できればそういう状況に陥りたくはないが、なにやら事態は悪化してきているように思える。




