第十六話 球体関節かっこいいのに
アルカードとヒロトが立てたという作戦がうまくいくのか不安ではあったが、衛兵は意外にも小学一年生の国語の教科書に興味を示したようだ。
「なるほど。見たことのない言語の本だな。印刷技術もかなりのものだ。入れ」
「おおっ、やったー! いいぞリョウ」
「おじさんありがとう!」
鉄の門が少しだけ開く。
塀の中の建物は随分と堅牢そうだった。一見、石レンガで作られているように見えるが石ではない。おそらくこの地域特有の特殊な樹脂だろう。破壊するのは容易ではなさそうだ。
私たちは門番の兵から、建物の中にいた衛兵に引き渡される。
通された窓のない部屋で待っていると、男が一人入ってきた。衛兵たちと制服が違うので、軍人ではないのかも知れない。緑色の軍服のような服装をしていて、胸当ても付けていない。
「おじさんはえらい人?」
「別にえらくはない。お前たちが見せたいものがあるというから、見に来ただけだ」
木でできた簡素な椅子に座り机に肘をついて、彼は私たちを見上げる。
「そっかー。ボクたちは遠くから来たんだよ。ボクの教科書見せてあげるね」
リョウは小さな机の上に、国語と算数の教科書をきちんと並べて置く。
男は無言で教科書を開き、興味深そうに眺めている。
「今はとある場所に預けてあるけれど、もっと高度なことが書いてある本もあります」
私はユウカの教科書を餌に交渉をする。
高校の教科書がこんなことで役に立つとも思えなかったけれど、機械都市フォーレンでは価値のあるものなのかも知れない。
「なるほど、なにが望みだ」
ヒロトが待ってましたとばかりに一歩前に出る。
「俺たちのパパがここにいるはずだから、返して欲しいんだ。あとはフォーレンの冒険者ギルドにも所属したい」
「やはり、お前たちは昨日脱走した一味か」
「あっ、バレてる」
「私たちに敵意はありません。話し合いに来たんです」
「ならばその機械人形はなんだ。それはアルカードの作ったものだろう」
男は手に持った教科書の角で、フライデーを指し示す。
「ああっ、こっちもバレてる」
「おじさん、アルカードさんのことを知ってるの?」
「お前たちはイラミザから来たばかりで知らんのだろうが、奴はレジスタンスだ。フォーレン政府に反逆している。お前たちの父親もすぐに解放するつもりだったのだが、アルカードの仲間だというのなら、話は別だ」
「いや、別にまだ仲間っていうわけじゃないんだけど」
雲行きが怪しくなってきた。
弁解するヒロトの様子を伺いながら、このままアルカードの作戦に従って良いものか考える。
ここでフライデーを差し出し、フォーレン政府に対して敵意がないことを伝えれば、ケンイチを解放してもらえるかも知れない。だが、そんなことをしていいのだろうか。
こういう時、ケンイチならば義理や人情に流されず適切な判断をすることができるのだろう。私はどうもだめだ。
「仲間でないならば、この機械人形は回収……」
男が警棒をフライデーに向ける。
それと同時に、フライデーはフリルのついたスカートを翻し、彼の手の甲に回し蹴りをして警棒を落とす。
「フライデー、まだ早いって!」
「敵意を、感じました」
「くそっ、こいつらを捕らえろ!」
廊下に待機していたのか、即座に数人の衛兵が部屋に入ってくる。
フライデーは男の足を払い、机をひっくり返して彼を下敷きにする。それから迅速に振り返り、部屋の入口に向けて自分の両腕を飛ばす。肘から先が衛兵の頭を掴み、床に叩きつける。
「すごーい、フライデー強い!」
リョウが拍手喝采をする。
「行きましょう、ヒロト」
「フライデー、腕を忘れてる!」
私たちは、床で悶絶している衛兵たちをまたいで部屋を出る。
ヒロトは通りがけに拾った腕を二本、小脇に抱える。フライデーは廊下を走りながら、自分の腕を受け取ろうとして受け取れないことに気づいたようだった。
「つけてあげるよ」
ヒロトがフライデーの袖をまくろうとすると、フライデーはその場に立ち止まり躊躇する。
「アタシがやってあげる。貸して」
フライデーはユウカのいうことにはおとなしく従い、右腕をつけてもらう。
球体関節がかしゃりと音を立てる。
「なんで俺じゃだめなん」
「恥ずかしいでしょ。フライデーは女の子なんだから、気を使ったら」
「えー、球体関節かっこいいのに」
フライデーは少しうつむいて、照れているように見えなくもない。ほとんど表情がないのでよくわからないし、そもそも今はそれどころではない。
曲がり角の向こう側から
「冒険者が脱走したぞ!」
と衛兵が走ってくる音が聞こえたので、慌てて踵を返す。
フライデーはユウカから左腕を受け取り、走りながら自分で装着する。
「作戦Bだ、作戦B!」
「承知しました」
ヒロトの掛け声にフライデーが反応する。走りながら首を左右に回し、目から赤色の光線を出している。
「なにか分かった? フライデー」
「ひとつ下の階層に、独房が、あるようです。等間隔に、熱反応が、見られます」
フライデーは言葉のひとつひとつを区切るように、丁寧に説明する。
声は普通の少女のようだけれど、単語ごとに登録された人工音声なのだろうか。
「パパを助けにいくぞ。脱獄幇助だ!」
「わーい、だつごくだつごく!」
ヒロトとリョウが意気揚々と走り出していく。
本当にこんなことをして大丈夫なのだろうか。不安に思いながら、私はすべもなく子供たちについていく。




