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第十五話 なんでフライデーなのよ

「はっ、朝だ!」


 ソファーで眠っていたヒロトが飛び起きる。


「ヒロト、ちゃんと寝たの?」

「おはようママ。がっつり寝たよ。アルカードさん! 朝になったよ。機械人形を動かそうよ!」

「ええ、約束でしたね」


 ヒロトの大声で、リョウが起きて部屋から出てくる。あいかわらず朝から元気いっぱいだが、あとから出てきたユウカはまだ眠そうに目を擦っている。


「おはよー。なに騒いでるの?」

「ねえパパは? パパを助けに行かないの?」

「昨日、アルカードさんと作戦を立ててたんだ。機械人形を起こして、パパを助けに行こう」

「パパ、脱獄させるの?」

「そんな物騒な話になってたの? ヒロトのいうとおりにして大丈夫なの、ママ」

「だ、大丈夫なのかな……」


 アルカードは悪人には見えなかった。

 だが、ケンイチの脱獄を手伝ってくれるということは、この都市のルールやモラルに則って生きているわけではなさそうだ。


 ヒロトは機械人形が寝かされている台に駆け寄る。

 外してあった片足をアルカードが装着し、首筋の穴に小さな巻鍵をつけて巻き上げる。

 この機械人形がゼンマイ仕掛けで動いているとはとても思えないが、なにかしらの起動に用いるものなのかも知れない。


 仰向けに寝かされた機械人形は、窓から漏れる朝日に照らされて輝いて見えた。

 閉じたまぶたに長いまつげの影が落ちている。

 球体関節やゼンマイの穴で機械人形だと分かるものの、顔立ちだけ見ればまるで本物の人間みたいだ。透き通るような白い肌も、おそらく触れれば硬いのだろう。

 ゼンマイを外された機械人形は、静かに目を覚ます。

 ヒロトは興奮気味に、でも声を出さないようにその様を見守っていた。背筋を伸ばしたまま、機械人形はゆっくりと上半身を起こし


「おはようございます、アル」


 と落ち着いた声でいった。


「おはよう。昨日のことは覚えていますか?」


 機械人形は台から脚を下ろし、丁寧な動作で立ち上がる。

 スカートの布が擦れる音が、静かな研究室に響いて聞こえる。彼女は私たち四人を見比べてヒロトの方を向く。


「はい。この方に、助けて、いただきました」

「彼は山田ヒロトくんです。君のことがずいぶんと気に入っているようですよ。そうだ、ヒロトくん。彼女に名前をつけてあげてくれませんか」

「えっ、俺が?」

「はい。この機械人形はまだ試運転中だったので名前がないんです」

「ええー、俺でいいのかな」


 まだ名のない機械人形は、立ち上がってみるとヒロトよりも長身だった。

 ケンイチよりも少し低いくらいだろうか。ヒロトは彼女の顔を見上げて考える。


「山田、ヒロト、くん」


 機械人形は小さな声でヒロトの名を呼ぶ。


「ヒロトでいいよ。えっと、じゃあフライデーとかどう?」

「フライ、デー」


 機械人形はその名が気に入ったのか気に入っていないのか、無表情でヒロトのことを見つめている。


「なんでフライデーなのよ。金曜日?」

「アイアンマンのサポートAIの名前だよ。ユウカ一緒に観たやん」

「あー、ジャービスがいなくなったあとの。観た観た」

「フライデー、いい名前ですね。どうですか?」

「はい。私は、フライデー」


 ヒロトは少し気恥ずかしげにフライデーのことを見ていたが、思い出したようにアルカードに向き合う。


「俺たち、今から監獄に行くの?」

「ええ。僕はあちらに顔が割れているから、代わりにフライデーを連れて行ってください。きっと役に立つはずです」

「ボク、おなかすいた!」


 リョウが二人の話に割って入る。


「そうですね、朝食をとってからにしましょう」


 アルカードはリョウに笑顔を向けてから、キッチンに向かった。


 アルカードの研究室で簡単なお茶と朝食を取ってから、私たち四人はフライデーを連れて、町を歩く。


「ビルとビルの間が通路で繋がってる。このへんの人たちはあんまり地面の近くを歩かないのかな」


 ユウカは物珍しそうに周囲を見渡している。高層階に蜘蛛の巣のように張り巡らされた通路は、地面に影を落とし下層がほとんど見えなくなっている。


「暗くてよく見えない。写真撮りたいなあ。スマホ、あいつらに取られちゃったからなあ」

「なんの写真を、撮影、しますか」


 フライデーが抑揚のない、だけれど澄んだ声でヒロトに尋ねる。


「このへんから見下ろした下層の景色とか、向こう側の煙ってる高層ビルとか」


 フライデーはヒロトの指し示す方向を見つめ、数回瞬きする。


「下層の景色と、高層ビルの、写真を、撮影しました」

「えっ、撮影したの? 今?」

「研究室で、現像、できます」

「フライデー、カメラ機能もついてるの? すごいねえ。かっこいいねえ」


 リョウはフライデーのことを見上げて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。


 話しながら歩いているうちに、昨日アルカードから助けられた場所についた。

 彼はここを「監獄」と呼んでいたが、話を聞くとどうやら軍の駐屯地と役所が一緒になった施設のようだ。


「じゃあ、作戦Aどおりにいこう! リョウ頼んだぞ」


 ヒロトが意気揚々と監獄の門の前に立つ。

 ケンイチが不在なせいか、自分が家族をリードするのだという意欲が感じられた。


「こんにちはー! ボク山田リョウくん!」


 リョウが元気よく門の前で挨拶する。鉄の門の内側には見張りの兵がいて、柵の間からこちらを覗き込んでくる。


「山田リョウくんが何の用だ」


 胸当てを身につけた若い衛兵は、厳しい口調で尋ねてくるが、私たちのことを見て油断しているようだった。

 見るからに無力な中年女性と子供しかいないし、フライデーも服で球体関節が隠れてしまえば、ごく普通の少女に見える。


「ボクたち、えらい人に会いにきたんだよ。ボクの教科書見る?」


 リョウはランドセルから国語の教科書を取り出し、広げて衛兵に見せた。

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