第十四話 頼れるものがない状態
右も左もわからない来たばかりの都市で、つい先程出会ったばかりの他人を信頼してよいものかとは思うが、今はアルカードに頼るしかなかった。
ケンイチは衛兵に囚われてしまったし、私たちは冒険者ギルドにも所属していない。頼れるものがない状態だ。
アルカードは、私たち四人のために部屋を用意してくれた。
物置に使われている部屋のようだが、埃もなく清潔にしてある。元々置かれていたカウチと、どこからか持ってきた薄いマットレス、それに数枚の毛布もある。
「こんなものしか用意できませんでしたが」
「ありがとう、充分です」
「アタシ、お風呂に入りたーい。昨日も入ってないもん」
「こら、ユウカ。贅沢いわないの」
「残念ながらうちにはバスタブがないんです。シャワーならあります。お湯も出ますよ」
「やった。ママ、シャワー使っていいってよ!」
「すみませんアルカードさん、なにからなにまで」
ユウカと交代でシャワーを借り、着ていた服にまた着替える。
さすがに洗濯機まで貸して欲しいというのはずうずうしいだろう。部屋に戻ると、素焼きの深皿に入ったパンまで置かれていた。好意に甘え、ありがたくいただくことにする。
「あれ? ヒロトは?」
「アルカードさんと一緒にいるよ。なんか機械人形について教えてもらってた。ずいぶんとここが気に入ってるみたい」
「ご迷惑じゃないといいけど」
「ボクも行ってこようかなあ」
リョウは毛布の上に座ってパンを食べている。
「ケンイチは大丈夫かな。夕ごはんちゃんと食べたかな」
「ろうやってごはん出るの?」
「さすがに出るんじゃないかな」
「パパかわいそうだねえ。ボク、早くパパを助けに行きたいな」
「ここじゃ右も左も分からないし、アルカードさんに頼るしかないもの」
「ボク、蒼翔 で戦えるよ」
問題は相手と戦うべきなのか、というところだ。
軍は国を護るためにあるのだろう。ガーディアンと呼ばれる石の化け物を壊したことによりケンイチが捕らえられたのならば、悪いのはこちらのほうだ。
あの機械人形はどうしてガーディアンと戦っていたのだろう。
アルカードに聞いてみれば早いだろうが、今はそうしないほうがいいように思えた。
とりあえず今晩の宿を確保することができたのだ。警戒を解いてはいけないけれど、この状況をありがたく利用させてもらおうと考える。
ヒロトは夜になっても部屋に戻ってこなかった。
迷惑になるだろうから、研究室から部屋に戻るように促そうと思いつつ、リョウと一緒の毛布でそのままうとうととしてしまう。
目が覚めたとき、自分がどこにいるのか分からなかった。
慌てて飛び起き、教会の修復の手伝いをしなければと思ったのだが、ここはイラミザではなかった。
「そうか、機械都市フォーレン……」
ユウカはカウチの上で毛布に包まり眠っていた。
なぜだかイヤホンを耳に付けたままだ。スマートフォンは奪われてしまったはずなのに、イヤホンだけを付けているということは、耳栓がわりにでもしているのだろう。あるいは、いつもイヤホンを付けたまま眠るから、ないと落ち着かないのかも知れない。
リョウは毛布を蹴飛ばして床に転がって眠っている。私はリョウのおなかに毛布をかけて、部屋を出る。
研究室の一人掛けソファには、ヒロトが座ったまま眠っていた。
そのすぐそばに機械人形が寝かされた台がある。昨日と少し様子が変わっている。膝から下は片足が取り付けられ、かわりに腕は外されていた。
「ヒロトくんは、機械人形が好きなようですね」
いつのまにか、背後にアルカードが立っていた。
キッチンから出てきたのか、手には金属製のカップを持っている。長い銀色の髪は解かれていて、わずかに口角が上がっている。敵意がないことを表明するような笑みだ。
「昨晩、ご迷惑をおかけしたんじゃないですか。すみません」
「いいえ、楽しかったですよ。こちらもいろいろと教えてもらいました」
「コーヒーの香り……」
「飲みますか?」
「いえそんな、すみません催促したみたいで」
「いいんですよ」
アルカードは手に持ったカップをそのまま私に渡してくれ、自分はキッチンに二杯目のコーヒーを淹れにいく。
「コーヒーなんて、すごく久しぶりに飲みます」
一口飲んでみると、確かにブラックコーヒーの味がした。
この世界にコーヒーが存在していたのかと驚く。イラミザでは見たことがなかった。イラミザでの飲み物はほとんどが酒か野草のお茶だ。
「南方から取り寄せている商店があるんですよ。そこで買いました」
「ここではなんでも手に入るんですね」
「フォーレンは閉鎖的な都市です。文明を秘匿することによって、対外的に有利な貿易をしようとしています。僕としては技力はもっと多くの人々に与えられるべきだと思うのですがね」
アルカードは眠っているヒロトを起こさないように、小声で語ってくれる。
「機械都市フォーレンは科学が発達しているんですね」
「ヒロトくんから教えてもらいました。あなたたちの住んでいたところでは科学と呼んでいたものを、ここでは技力といいます」
「ぎりき」
「イラミザや王都の人々は、技力で道具を作ることができません。ほとんどの生活用品は魔力に頼っていますから」
私はエネジェムを用いて沸かす風呂のことを思い出す。イラミザの宿屋にあったあれは魔法を用いた技術だった。
どうやらこの都市では、独自の文明が発達しているようだ。




