第十話 使うことがなければいいがな
大きな広場から放射状に三本の細道がある。どの道にも両脇には所狭しと小屋や露天が広げられている。
灰色の土作りの壁と、細い木で編まれた露天は中東あたりの町並みを思わせる。
「じゃあ、ここでお別れね。楽しかったわ」
「えー、ハモンドさん一緒に行かないの?」
「あたいは商売があるもの」
ハモンドは誇らしげにトッピの荷台を叩く。いくつもの麻袋にはなにが入れられているのか外からは見えない。イラミザや他の町から仕入れてきたものなのだろう。
「そっか。またね、ハモンドさん」
左端の通りをのんびりと歩いていくハモンドとトッピを見送ってから、私たちは途方に暮れる。
「さて、あの中心部にどうやっていくか」
「とりあえずまっすぐ進んでみる?」
「ボク、おなかすいた!」
「さっきワニを食べたばっかなのに」
三本の細道の中の、真ん中の通りを歩いてみる。
露天を開いている人や町を歩いている人たちは、私たちのことをとくに気にもとめていないようだった。
宿場町だといっていたし、現代日本の服装をしていても珍しがられることはないのだろう。
「わー、銃だ。銃があるよ!」
「あっ、リョウ、勝手に行っちゃだめ」
すばしっこく走っていくリョウを追いかける。
露天にはいくつもの武器が売られていた。地面に布が敷かれ、フリーマーケットのように乱雑に銃や爆弾と思われるものが陳列されている。
「おじさん、銃はいくらですか?」
「こら、リョウ勝手に」
「ぼうやの小遣いじゃ買えないかもなあ」
露天を開いていた男性は、武器の前にしゃがみ込むリョウに苦笑しつつも、適度に相手をしてくれる。
「大丈夫だよ、ボクのパパがお金をいっぱい持ってるから」
「適当なことをいうんじゃない」
追いついてきたケンイチがリョウを嗜める。
「そいつはいい。旦那、この閃光弾はお買い得だよ。金が余ってるなら買っといて損はない」
「余っているわけじゃないが、それを買う代わりに、この町の冒険者ギルドはどこにあるのか教えて欲しいんだ」
「冒険者ギルドならこの通りをまっすぐ行ったところにあるが、まだ開いてないよ。日が沈む頃に開いて夜が明ける頃に閉まるんだ」
「ありがとう。あ、しまった。この町の通貨は……」
「旦那、どこから来たんだい。イラミザから来たならカンロも使えるよ」
「そうか、助かる」
ケンイチは革袋からカンロを取り出して、閃光弾を一つ購入する。
「パパ、それ使うの?」
「使うことがなければいいがな。そうだ」
ケンイチは私のエコバッグに、買ったばかりの閃光弾を放り込む。
「え、私が閃光弾を持っておくの?」
「俺たちは、ヒロトの遊戯創生が使えるし、ユウカは凝望壁で壁になれる。ヨシエは戦う術をなにも持っていないだろう」
「パパだって、俺から離れたらATMしか使えないやん」
「ママは包丁で戦えるよね!」
「そうね」
閃光弾なんて使ったことがないが大丈夫だろうか。少し重みを増したエコバッグに不穏な心持ちになる。
「それにしても機械都市、かっこいいなあ」
下町を歩きながら、ヒロトが遠くを見つめる。
「かっこいいの、ここ」
「ユウカはなんもわかってないなあ。ほら見ろよあっちのほう、遠くて霞んでるけど気球みたいなんがいくつも浮いてるし、あんな高いところに道路が通ってる。あれもしかして線路だったりするのかな。すげーな」
「そうね。イラミザとも違うし、私たちの住む世界とも全然違う文明って感じね」
こういった景色をスチームパンクとでもいうのだろうか。私たちの世界とは違う科学の進化を遂げた世界。
そういえばこの町でもまだ車を見ていないことに気づく。人々はたいてい歩いているし、行商人のハモンドもトッピに荷を乗せて歩いていた。この世界の人間は歩いて旅をすることを厭わないのかも知れない。
「冒険者ギルドが開くまでまだ時間もあるし……」
ケンイチがそういいかけたところで、急に町が騒がしくなる。
「ガーディアンだ! ガーディアンが出現したぞ!」
露天の男の声に、ユウカとヒロトが身構える。
道を登っていった先のほうで、なにかが起こっているようだった。足元から地鳴りが聞こえる。ごろごろとなにかが転がってきている。周囲の人々が露天をたたみ始める。
「そこの旅人、逃げたほうがいいぞ」
見知らぬ人に声をかけられる。とはいえ、この狭い道のどこへ逃げれば良いのだろう。
ユウカは壁になれるように私たちの前に出ている。私はリョウの手をつなぎ、いつでも逃げられるように待機する。
それは思わぬ方向からやってきた。町の人々は中心部から逃げているように見えたのに、町の入口側から二体の石造りのなにかが音を立てて歩いてくる。
「あれなに? ゴーレム?」
「だれかがガーディアンといっていたが……」
ガーディアンというのならば、それはおそらく守護者であり、町を護るものなのかも知れない。
だが、こちらに向かってくる二体は周囲を威嚇をしているようにも見えた。露天の人たちが姿を消してしまったことを考えても、敵の可能性がある。
「ゲームク……」
「ヒロト、まだだ」
ヒロトがスキルを使おうとしたのを、ケンイチが片手で制止する。
五人でそっと道の端に移動し、車輪付きの屋台の後ろに隠れる。
「パパ、あいつやっつけないの?」
「敵か味方かもわからないし、とりあえずやり過ごそう」
二体の石の化け物が、屋台の前をゆっくりと通り過ぎていく。
高さは三メートルほどはありそうだ。足は短いが手は異様に長く地面に引きずっている。なにかを探しているのか、首を曲げ左右を見渡しながら、町の中心部に向けて進んでいく。
「かっこいいなあアレ」
「あれもかっこいいんだ」
「俺、この町好きだな。なんかこう、俺たちの常識が通用しなさそうなところとか」
ごうん、と風を切る音がしてなにかが猛スピードでやってくる。
それは石の化け物にぶつかり、跳ね返って止まる。石の化け物の一体は体勢を崩して道に倒れ込む。




