第九話 どこまでだって歩いていくわ
湿地の上に枝を束ね、エネジェムを使って焚き火を起こし肉を焼く。
枝は昨日の雨で湿っていたようだが、中心にエネジェムを置いているせいか、肉を串焼きにできる程度には燃えてくれた。
「わー、トッピふわふわ。触っていい?」
「いいけど、噛まれないようにね」
「ママ、焼き鳥食べていい? いい匂いがする」
「焼き鳥じゃないけど。待って、ママが先に食べてみる」
「ママいつも毒見役だねえ。お腹が丈夫だからね」
ハモンドが焼きたての串焼きを食べ始めたので、私も家族に先んじて一口食べる。
脂身は少なくてあっさりしているが、噛みごたえがある。鶏肉と白身魚の中間のような味だ。
「おいしい。食べて大丈夫だと思うよ。火傷しないようにね」
「わーい、いただきます!」
「ねえねえ、ハモンドさんも機械都市フォーレンに行くの?」
リョウに声をかけられて、ハモンドは串焼きを食べる手を止める。
「あたいは行商人だから、どこにでも行くわ。フォーレンでものを売ってまた仕入れて王都に行くのよ」
「王都! パパ王都だってよ」
ワニ肉を食べようか迷っていたケンイチが、ハモンドのほうを見る。
「王都まで歩いていくのか」
「どこまでだって歩いていくわ。買い手のいるところなら」
「ハモンドさん、かっこいいー」
子供たちはなぜだか、ハモンドのことが気に入ったようだった。カラフルなポンチョや、独特な口調がなにかのキャラクターじみて見えるのかも知れない。
トッピは荷物をいくつか下ろしてもらい、木の葉とワニの臓物を大人しく食べている。雑食なのだろうか。
「ハモンドさん、ここから機械都市フォーレンまではどのくらいかかるんですか」
「そんなこともわからないのに旅していたの。そうねえ、ヒントをあげる。今すぐここを発って歩き始めれば、二晩はかかるわね」
「そんなに!」
「でも、ここでのんびり待っていれば、その焚き火が消える頃には機械都市の入口につくわ」
「え、どういうこと?」
「なぞなぞ? ハモンドさんなぞなぞ?」
ハモンドは串焼きをゆっくりと食べ終え、指に付いた肉汁を丁寧に舐め取り、焚き火の火を始末してから帽子を深く被り直す。
「そろそろ来るわね」
どこからか、軋むような音が聞こえる。
この道が上がるときにも鳴っていた、錆びた金属が擦れるような音だ。だけど今は道は上がってこない。ただ、東の方角でなにか巨大なものが動いているように見える。朝靄のせいでよく見えないが、それは次第に近づいて来ているようだった。
「なにかが近づいてくる」
ユウカが身構えて一歩前に出る。
いざというとき、自分が盾になる癖がついてしまっているのだ。
「あんたたち、フォーレンに行くつもりなのなら、今すぐ荷物を持ったほうがいいわ」
「あっ、俺のカバン、ツリーハウスに置きっぱなし」
「ボクのランドセル!」
ヒロトとリョウが慌ただしくツリーハウスに登り、降りてくる。
「ハモンド、あれは一体なんだ」
「機械都市からのお出迎えよ。あんたたち、本当になにも知らないのね」
近づいてきたのは長い階段だった。
階段は北東の方角を中心に、円弧を描くように動いている。不規則で独特な動きだ。
がしゃり、と大きな音がなって階段の先端が道とくっつく。ハモンドは荷を背負ったトッピとともに、階段に乗る。
「エスカレーターだ!」
「エスカレーター? とはちょっと違う感じもするけど」
「ヨシエ、乗るの乗らないの?」
「の、乗ります乗ります!」
私たちは慌てて機械都市フォーレン行きの階段に乗り込む。
不思議な階段だった。一段ずつは車が一台乗れる程度に幅も奥行きもある。正方形の大きな板が階段状に並び、螺旋階段に似たゆるやかな円弧を描いている。
一番下の段は道と一体化して動いていないのだが、一段目と二段目の間から新しい板が現れ、ゆっくりと上に押し出されていく。
「あっ、歯車だ。階段の隙間におっきい歯車があるよ」
リョウはしゃがみ込んで、階段の隙間を観察している。
「服の端なんかをひっかけると、体ごと巻き込まれて飲まれるわよ」
「リョウ、気をつけて」
私は慌ててリョウの体を抱き寄せる。
「こんな階段があるなんて、全く聞いていなかったな。ラインハルトも教えてくれればいいものを」
「道に沿ってまっすぐでもフォーレンにはたどり着くのよ。ただ歩いて数日はかかるんじゃないかしらね」
「ラインハルトさん、この近道のこと知らなかったのかなあ」
「その可能性はある」
「ミカちゃんのお母さんは知ってたのかな」
階段が上昇するにつれて朝靄が晴れてくる。
「あれが機械都市……?」
ヒロトが前方を指差す。
想像よりもかなり高い建物が、遠くにいくつも立ち並んでいる。新宿のビル群とまではいかずとも、地方都市の駅前くらいはありそうだ。
階段の先には、幾分低い木造りの建物が下町のように密集している。全景は見えないが、タワー型のビルを中心に円形に町が構成されているように見える。
「あたいたちが入れるのはあの下層のみ」
「そうか、町の中心部には入れないのね」
私たち家族は、もしかすると中心部に行ける可能性もあるのだが、そのことについては特に言及しないでおく。
「ついたわ。機械都市フォーレンよ」
階段が大きな機械音を立てて止まる。
眼前に広がるのは、イラミザとは全く違う町の景色だった。




