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カサブランカ・ダディ -5-





「あ、あの・・・!」



カウンターの影に男の子が立っていた。小さかったのでわたしの立ち位置からは見えなかっただけだった。


わたしは「いらっしゃいませ」と声をかけた。


男の子はうつむき加減で「あの・・あの・・・」と言葉を繰り返した。


「お花ですか?」


わたしは微笑んで声をかける。


「こ、このお花ください!」


男の子は、左手の小さな掌に250円をのせてわたしに突き出し、右手は人差し指でカサブランカをさして叫んだ。



「・・・・・」


わたしはカサブランカを横目でみつめた。


《昨日のピカピカの一年生くんやこの子》


ということはこの辺の子か。


《昨日、入り口にいた僕のことじっと見つめて歩いててコケた子や》


どうする?婿入り先が現れたぞ。


《・・・・・、そやなー》


わたしは男の子に花の使用目的を聞いた。


「贈り物ですか?」


男の子は顔がパッと明るくなり顔をあげた。


「ママ・・!・・お、おかあさんに・・・」


男の子はママと言ったのが恥ずかしかったのか、またすぐにうつむいてしまった。


誕生日だろうか?

おそらくカサブランカが好きなんだろうな。


《おかあさんにかあ・・・、優しい子やなあ、うん!僕はこの子の家で花の命を全うしたるわ!》





わたしはカサブランカの茎を少し切り、濡らしたペーパーをあて、水が漏れないようにアルミホイルをまいた。そして白い包装紙で包み男の子に渡した。


「ありがとう!おねえさん!」


男の子はいっぱいの笑顔をわたしに見せてカサブランカを大事に抱えて歩いて行った。


《病院、行けや~~~っ!健康大事になあ~~~~!世話んなってサンキューなあ~~~~!》


カサブランカが叫んでいた。



バイバイ。元気でな。

花の命、全うしろよ。



その夜、また夢を見た。

カサブランカがしつこいくらいありがとうを言っていた。




翌日は日曜日だった。

晴れた日曜日、気持ちのいい日だった。


店に入ると静かだった。


「・・・・・」


いつも通りじゃないか。

いつもの日常にかえっただけだ。



だからいつも通り、仕事をするだけだ。

鼻の奥がツンとして痛くなる。

鼻水が出て、わたしは鼻をかんだ。



開店時間は午前8時。

わたしは開店のプレートをかけに外に出た。


「あの・・・」


女の人が声をかけてきた。


「はい。いらっしゃいませ」


わたしは振り向いて、いつものように笑顔でこたえる。


「昨日、うちの息子がこちらからカサブランカを買ったと・・・」


「ああ、はい。お買い上げありがとうございました」


「あの・・・、足りない分をお支払いしたいんですが・・・」


「はい?」


「あの子、250円しか持ってなかったはずなんです。あの立派なカサブランカが250円なわけないと思って・・・もしかしてあの子がムリを言って譲ってもらったんじゃないかと・・・」


男の子の母親は申し訳なさそうにうつむいていた。


「いえ、あれはもう花が開いて日数がたっていたので値下げしてたんです。250円でじゅうぶんです」


「でも・・・」


「お気になさらないでください」


「・・・ありがとうございました」


「カサブランカお好きなんですか?」


「はい。私が好きでよく玄関先に飾ってました。亡くなった主人が月末や月始めにいつも買ってきてくれて」


亡くなった主人・・・?


「・・・じゃあ、息子さんも覚えていたんですね」


「そうかもしれません。・・それに・・主人は亡くなる前に、カサブランカになってもう一度家に帰ってくるからって言っていたので・・・」


「・・・・・・」


「ほんとにありがとうございました」


男の子のお母さんは深くお辞儀をして帰っていった。



わたしはゆうべ見た夢を思い出していた。

しつこいくらいにありがとうを言っていたカサブランカ・・・。



・・・帰れてよかったな




「なんだあ?客か?」


社長が後ろからのっそりと現れた。

男の子のお母さんが再度こちらを振り向いてお辞儀をした。


「昨日カサブランカ買ってった子のお母さんです」


「ああ・・。あの人か・・」


「知ってるんですか?」


「自宅と葬式に花持ってったぞ。あそこのご主人がガンで亡くなってな、まだ若い人で、さすがに気の毒だったわ。それにしても関西人は葬式でもみんなあんなにぎやかなのかねぇ」


「・・・・関西人・・?」


「どっちかの親族だろうがな。さて、葬式花作るか」


社長は葬式のスタンド花を作るため奥の専用スペースに消えていった。


わたしは花切りバサミを持って花の手入れを始めた。


なんでもない普通の日曜日である。






後日、男の子とお母さんが二人で店を訪れてくれた。


カサブランカは、あのあと二週間ほどきれいに咲き続け、ご主人の49日の次の日に花を落としたという。そして、捨てるのがかわいそうな気がして、花壇に埋めたと話してくれた。



わたしはというと、カサブランカの《病院行けや~~~》の言葉が忘れられず、食欲も落ちていたことから病院に行った。

検査の結果、胃にキズが見つかり、出血が始まっていると診断され、治療を理由に花屋を辞めた。


いまは治療に専念している。




《世話んなってサンキューなあ~~~~》




こっちこそ

サンキューな、カサブランカ。







~おわり~

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