カサブランカ・ダディ -3-
リンリンリン♪
ドアベルが鳴った。
来店客だ。
「いらっしゃいませ」
わたしは愛想よくニコリと微笑んでお客様を迎え入れようとした。
「あら、おはよう」
うっ!朝一の客がおまえさんかい。
これは困った。
「社長来てませんの?」
「はい。まもなく出勤すると思います」
「ふぅん、そう・・」
女性客は社長の存在を気にしつつも店内を見回して物色を始めている。
危険な兆候である。
「お客様、あいにく昨日は枝物の入荷はございませんでしたが」
帰れ。おとなしく帰ってくれ。
この女性客は生け花で使う枝物をよく購入するお客様だが、迷惑な行動をとるお客様の1人でもある。
美醜を判断しろと言われたら、性格の悪さが言葉遣いや表情、しぐさ、そこかしこににじみ出ているとでも言っておこう。
とにかくこの女性客は社長に叱られ最近来なかったのだ。
二度と来ないでほしいと願っていたのに、今の時間にきたということは、社長不在をあてこんで来た可能性が高い。
知能犯か。結界張りたい。
「あらあ~~~っ、見事なカサブランカねぇ!ステキだわあ!」
まずい。
カサブランカに目をつけたか!
逃げろ!カサブランカ!
忠告してやったのに、カサブランカは道路を歩くピカピカの1年生諸君に目を奪われており、心なしか楽しそうに揺れている。・・・気がした。
女性客は我がもの顔でカサブランカに顔を近づけていく。そして、
「ん~~~~」
と、唇を寄せる。
この客は、商品である花にやたらとキスする客なのだ。
女性客の唇に気づいたのか、カサブランカはふるるんっと葉っぱを揺らした。・・・気がした。
《うわあああああああああっ!やめてええええええええっ!助けてええええええええっ!!》
カサブランカの悲鳴が轟く。わたしにだけ。
だから逃げろと言ったのに!
と、いってもさすがにカサブランカは自力で移動できない。
仕方ない。
「お客様!こちらは他のお客様の予約取り置き品となっております!みだりにふれないようお願いします!」
わたしは銀の花おけごとカサブランカを抱き上げ女性客から引き離した。
「んまあっ、けちねぇ!その人が見てるわけじゃないんだから別にいいでしょ!」
けちはおまえだ。口をつけたきゃ金出して買ってからにしやがれ。
こいつの唇に九字切りしてやりたい。しばらく使えんようにしてやろうか。
「まあぁ!このバラきれいねぇ、ちょっと冷蔵ケースから出して見せてちょうだい!ほら!早く!」
わたしの態度が気に入らなかったのか、女性客の態度がいつにもまして横柄になってきた。
冷蔵ガラスケースのバラはさらに高級品である。よけいまずい。このままだと要求はエスカレートしていくばかりだ。が、その時、わたしは気がついた。
「お客様、そちらは本日社長が作る花束用のバラで、わたしもさわらないようにと言われております」
わたしはニッコリと微笑んだ。
「社長は今いないんだから黙ってればいいでしょ!気のきかない店員ね!お客様はもっと大事にしなさいよ!!」
女性客の悪態に、わたしはさらにニッコリと満面の笑みを見せる。
「うるせぇぞ。店ん中で何わめいてるんだ」
御大登場。
女性客の後ろにのっそりと立っている当花屋の社長は身長188センチ体重90キロ(推定)。顔、悪党。
そう。わたしは社長が来たのを知ったので女性客を多少怒らせてもいいだろうと判断したのだ。
虎の威を借るキツネと呼んでもよろしくてよ。
「買わんなら帰れ。それからうちの商品にやたらと口つけんな。汚ねぇ!」
社長!よく言った!
「汚いですって!失礼な!!」
「あんたのような客はいらん。二度と来るな」
「な・・・・!」
あ、いまムキーーッてなってる。
女性客は足音をドカドカさせ、店の扉をこれでもかというくらい乱暴に閉めて出ていった。
「被害は?」
「ありません」
「本店支店ともに出入り禁止だ」
「わかりました」
お客様と販売店・販売員は対等である。
どちらが上でどちらが下かなどは本来存在しないのだ。
「お、カサブランカ咲いたか。売れなかったらあさっての葬式花に使うぞ」
「わかりました」
「ふわあ~~~~っ、上で寝てくるわ。忙しくなったら教えてくれ」
「わかりました」
わたしは社長が二階に上がったのを見届け、カサブランカの元に向かった。
「おい、大丈夫か?」
《こわかったー・・・いやんなるわあー、引くわー、ドン引きやったわー》
「おまえ、あさって葬式花に使われるからそれがイヤなら早いとこ適当な客に買われていったほうがいいぞ」
《せやなー、もう少し待ってんか?自分の婿入り先は自分で決めたいさかいな》
カサブランカは真面目くさったセリフをわたしに投げかけた。