カサブランカ・ダディ -1-
ぽんっ!
と、音がしてわたしは振り向いた。
カサブランカが咲いている。
蕾がふくらんでいるのには気づいていたが・・・。
出勤早々の出来事だった。
ここは花屋だ。花がたくさんある。カサブランカもある。当前だ。しかし・・・、
『ぽんっ』?
わたしは首をかしげた。
カサブランカが咲いた音?
聞き違い?誰かの声?
いや、店内にはわたしの他に誰もいない。だがしかし、確かにぽんっ!と音がした。
外はまだ一般の皆様(一部除く)の出勤時間ですらない、午前6時ちょっと前。
わたしは店内のあちこちを見回した。
《そこの君・・・》
「?」
なんだか呼ばれた気がしてわたしは再度周囲を見回し確認した。
店の出入口周辺も確認する。
誰もいない。
だよね。まだ開店前だし。
《君・・!そこの君だよ!早くこの水を替えてくれないか!?》
「!!?!」
《感嘆符とはてなマークばかりとばしてないで、水を替えてほしいんだよ。ここ3日誰も替えてくれなくて気持ち悪いんだ。ほら、こっちだよこっち!》
なんだ?何が起きているんだ?
わたしはあちらこちら見回しながらふらふらと店の中央カウンターまで戻ってきた。
《うしろ!うしろ!うしろだよ!君の真後ろ!さっき僕の咲いた音を聞いただろ?!》
わたしは息をのんで振り向いた。
《やあ!おはよう!》
銀色の花おけに入っているカサブランカが一本だけ、ゆらんゆらんと揺れていた。
━━━━!?
ザブザブと店先の水道から水を出し、花おけを洗い、カサブランカの茎の根元を洗う。ぬめりはない。
《あー、そこそこ。うーん、気持ちいいねえ・・・。ありがとう、生き返ったよ》
カサブランカがかすかに花を揺らした。・・・気がした。
落ち着け。
この状況を、わたしは冷静に判断しなくてはいけない。
花自体がしゃべるわけない。
しかし声は聞こえる。
これが花の声だとしたら・・・。
いや、正確にはこれは声ではない。
『意志』なのだ。きっとそうだ。
花の意志をわたしが受け取っていると考えたほうがいい。
もしくは花に憑いた元人間の可能性もある。
なぜそう思うかというと、親が霊感強いとその才は子供にも若干引き継がれるという迷惑がこの世には存在するからだ。
花屋は葬儀会場や遺族宅に花を納めるのも仕事のひとつだ。その際に配達をした、うちの従業員か社長についてきてしまったと考えられる。そして、憑いた先(従業員または社長)の居心地が悪くて花に憑依しなおした━━━━
うん、このパターンかな。
《小難しいこと考えてないでお砂糖少し入れてくれないかなあ?甘いものがほしくてねー》
「・・・・」
やっぱり元人間か。
《いやあ、今日君が来てくれてほんとよかったよ。3日間来なかったから辞めたのかと思って心配してたんだ》
連休とってたからな。有給使って。
わたしは切りバサミをシャキシャキいわせ、ついでに他の花の手入れを始めていた。いつもは出勤後、カウンターでコーヒー飲んでから始めるのだが。
それにしてもわたしがいなかった3日間、水を替えてなかったらしい。
一部くさい。ぬめってるし。
特にガーベラ。茎が柔らかくなってグニュッてなんか出てくるし。
これはもうスッパリサッパリ切るしかない。
わたしはハサミをガーベラの茎のまだ丈夫な硬い部分にあてた。
《あーーーーっっっ!!!痛い!痛い!痛い!》
「やかましい!」
《そんな傷んでない部分から切るなんてひどいじゃないか!》
傷んでない部分から切るから長持ちするんじゃないか。
《ガンだっていまは腫瘍部分だけ切りとる技術があるんだよ!君も精進しろよ!》
精進しても給料はかわらん。
でもやっぱこいつ人間だったな。確定。
塩まいたろか。いや、カサブランカ周辺に結界はるか?
しかしそれだと結界はる前に逃げられて、他の花や人間に憑かれなおされる可能性がある。面倒だな。
よし!燃やすか
《いやあああああああっ!いま燃やすとか考えたなあああああああっ》
ちっ!ばれたか
《そんな非道な真似しくさったら真夜中お前が寝てる顔面に屁ぇこいたるからなあああ!カサブランカの屁ぇはくっさいでえ!!》
本性現したな。言葉遣いが変わっとるぞ。
カサブランカはハッとしたように花びらを揺らした。・・・気がした。
《ああああああ、せっかくダンディに決めよ思うとったのにぃ・・・。残念やわー・・・》
何がダンディだ。
《カサブランカ・ダンディ知らへんのか》
知らんわ。ボケ。
《ボー〇ー♪〇ーギーーー!ア〇〇〇時代は〇〇〇たああ♪♪ジュリーーーーッ!昭和歌謡曲サイコー!!》
BS懐かしの昭和ヒットパレードか。
いつの時代の人間なんだ?
年齢的にはおっさんか。
《誰がおっさんじゃ。あーあ、ダンディ呼ばれるのが夢やったのになあ、千載一遇のチャンス逃してもうたわー・・・。んーー、ダンディがダメなら・・・そやな、ダディでどや?》
結局おっさんやん。