8.お昼ごはんと膝枕
今日は北風がだいぶ冷たかった。
研究所のお昼のベルが鳴り私は研究室内のキッチンで簡単に調理を始める。
元々このキッチンは、魔草の調薬や実験の際に火や水が必要な時のための設備であって、決して料理のためではない。
それなのに料理に使っているのはベルシュタイン室長の許可があるからである。
「今日は何?」
子どもみたいに目をキラキラさせ、後ろから私の調理を覗き込んだ室長はお昼のメニューが気になるようだ。
「家で作ったシチューを温めなおしているだけです」
私は決して裕福な家の出ではない。研究室内の方には両親から毎朝パンを貰って持ってきているが、私自身が食べるのは古くなって余ったパンや家の残り物がほとんどだった。
ランチ代節約のため、研究室のキッチンで温め直していいか室長に聞いたところ
「俺にもくれるならいーよ」
と簡単に許可した。一応昨日の残り物だから、お口に合わないと思いますとは伝えたが、
「君が食べる物は俺も食べる」
と良くわからない意見を言われた。
先輩方はランチは研究所の食堂に行くため、研究室でランチを食べるのは2人だけだ。元々はベルシュタイン室長が一人でランチに使用していた小さな休憩室に温めたシチューと、昨日の少し固くなったパンを持っていきソファに座って一緒に食べた。
「室長は、食堂が嫌いなのですか?」
「別に」
モグモグと忙しく口を動かしている室長はなんだか幸せそうだ。
「私のうちの残り物食べてもあんまり美味しくないんじゃ」
「美味しいよ」
金色の瞳を少しだけ細めて笑う。
「ウサギちゃんはいつも夜は家族で食べてるの?」
「あ、そうですね。うちは両親が朝早いので、夜ごはんくらいしか一緒に食べれないので」
「そっか。いい家族だね」
私もシチューを啜りながら室長に聞いた。
「ベルシュタイン室長は夜は自炊ですか?」
「自炊なんかしたことない」
「あ、じゃあご家族が作られてるとか」
「俺、家族いないもん」
「では、素敵な恋人が」
「そんなの居たこともない」
室長はシチューを完食し唇をペロリと舐めた。
「あー。美味しかった」
口回りがまだ汚れているのに笑う室長に、私もクスリと笑う。
ハンカチを差し出して口許に持っていくと、「ん」と言って大人しく拭かせた。
午後の仕事に影響が出ないよう空気を魔方陣で浄化した。
食後のコーヒーでもいれようかとソファを立とうとしたら腕を掴まれた。
「少し寝るから、枕になって」
「え」
ストンともと居た位置に座らされられると私の太ももに頭を乗せて、そのまま室長は寝てしまった。
うそ···。
人生初の膝枕体験に、私はどうして良いかわからなくなり固まった。
そのままお昼休み終了のベルがなるまで、私は一歩も動けなかった。