4.室長とウサギちゃん
研究所への就職が内定したことを両親に報告したところ、父も母も泣いて喜んだ。そりゃそうだ。本当は自分達がこの仕事につきたかったのだから。
しかも、内定先は今をときめくベルシュタイン研究室だ。
両親にベルシュタイン室長から毎日パンを持ってくるよう言われたことを伝えると、毎朝焼きたてを用意すると意気込んだ。
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「ウサギちゃーん、紅茶ちょーだい」
初出勤から一ヶ月が経過し、私が毎朝焼きたてパンを持参して出勤するのが当たり前になった頃、私の仕事はベルシュタイン室長のお茶出しと、ベルシュタイン室長の白衣の洗濯と、ベルシュタイン室長が散らかした実験室の後始末と······つまりベルシュタイン室長のお守りだった。
「室長、私うさぎじゃなくてサラ・フレンツェルですってば」
「だってさ、君小さくてうさぎみたいなんだもん」
いい年した大の男が「なんだもん」とか言っているのもおかしいのだが、この人話してみると素はびっくりするくらい子どもだった。本当にあの新薬を作った研究者なのだろうか。
「おいサラ、ジークハルトは恥ずかしくて女の子の名前呼べねーんだよ」
横から試験管片手に話しかけてきたのはヨハン先輩だ。
「そうです。ジークハルトは普段女性とうまく話せないどころか目も合わせませんよ」
書類を書きながらフィリップ先輩は微笑む。
ヨハン先輩もフィリップ先輩も、ベルシュタイン研究室が出来た5年前から研究メンバーとして配属された人達である。お互いを名前で呼びあい、仲間として認めあっている。彼らは室長に負けず劣らずの学力と才能があり、人格的には室長より大人だった。
ベルシュタイン研究室はこの三人で運営しており、新規で研究員を採用していなかった。だだっ広い研究室と温室はこの3人が使う範囲以外はただの荷物置き場と化していた。創立メンバー以外で初めての採用に、先輩研究員の二人は私にどんな才能があるかと初日は期待したそうだ。
「これ、新しくいれた俺専用のウサギちゃん」
これが室長から先輩たちへの私の紹介だった。
この紹介だけで、彼らは私が研究員としてではなく室長お世話係として雇われたことを悟った。