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 宮廷に呼び出され、向かうと、バグ嬢に迎えられた。


「スナーおねえさま」

 バグ嬢はにこにこしている。以前のように、お気にいりのドレスに裸足で、髪を結ってもいないが、侍女も従僕もそれを優しい目で見ている。彼女は優しく、真剣な態度で、宮廷ではやくも味方をつくることに成功したようだ。

 スナーは皇太子の婚約者に対するのに相当のお辞儀をして、侍女にすすめられるまま席に着いた。バグ嬢はぴょんぴょん跳びはねている。

「おねえさま」

「ええ、バグさま」

「元気? 元気? 楽しい? 楽しい?」

 バグ嬢は平板な調子で云い、唐突に跳びはねるのをやめた。ぎくしゃくと歩いてきて、スナーの隣の椅子へ座る。座り心地が気にいらなかったようで、ひとつ隣へ座りなおす。

「元気にしていますわ」

「そう。よかった。おねえさま元気。ライさまは?」

 お元気ですわ、と答えたかったが、スナーは黙りこむ。昨日、ライ卿が腕を傷付けているのを見たばかりだ。

 バグ嬢は不意に笑みをうかべた。しかし、その眉の辺りの緊張に、スナーは気付く。バグ嬢は笑っているのではなくて、困っているみたい。

 スナーはバグに安心してほしくて、なんとか喋った。「あの……怪我をしていますの。でも、治療はいたしましたから」

「そ。そ。ライさま、いつもけがしてる。おくすり」

 バグは顔を、思い切りしかめた。くさい、と云いたかったのかもしれない。バグさまは、ライ卿が自分を傷付けていることを知っているのだわ……。




 バグ嬢はティーカップやソーサーを爪で弾いている。うっとりした様子だ。

 侍女がスナーの隣へ着て、皇太子が来るまではもう少しかかると伝えた。スナーは頷いて、お茶をすする。

「……バグさま?」

 返事はない。聴いているかどうかわからない。

 でもバグさまは聴いてくれている。

 スナーはゆっくりと、低く、喋った。自分がヤオカム上邸へはいってから、この日までに起こった、幾つかの出来事について。

 勿論、ライ卿の怪我についても。

 バグ嬢は終始、スナーのほうを見なかったが、スナーが言葉を切ると手を停めた。

 バグはスナーを見る。

「おねえさまは、どうしたいの?」

 バグ嬢らしくない口調だ。トロ・カール女史に似ている。バグ嬢はたまに、そうやって、ほかのひとにそっくりの喋りかたをする。

 トロ・カール女史そっくりの喋りかたに、動揺したスナーだったが、バグ嬢の質問にはもっと動揺した。どうしたいかなんて、自分でもわからない。

 ただ……。

 ライ卿が痛い思いをするのはいやだわ。




 ニェトは儀仗兵とともにやってきて、挨拶もそこそこに、折りたたんだ紙を寄越した。

「これは……?」

「ライ卿に渡してほしい」

「ああ、かしこまりました」

 なにか、直に渡さないとまずい類のものであるらしい。スナーは頷いて、それを胸もとへおしこんだ。

 ニェトは、バグがまたはねているのを、目を細めてみている。それから、スナーを振り返った。「ライ卿とは、うまくいっているだろうか?」


 スナーは答えかねて、黙っている。

 ニェトは苦笑した。

「すまない、答えにくいことを訊いたらしいな」

「いえ……あの、わたくしは楽しくやっております。ライ卿はどうお考えか、わかりません」

「そうか」

 ニェトは頷き、従僕に手を振って、自分の分のお茶を用意させる。

「ライ卿はお前を好いていると、わたしは思うが」

「そうですかしら」

「バグがなついている。悪い人物ではないのは間違いない。まともな人間なら君を好きになる」

 ニェトは肩をすくめた。「わたしがまともでないことがよくわかるだろう」

 スナーは笑ってしまったが、ニェトはにやっとしただけだ。




 ここへ来る時は、宮廷の馬車にのった。皇太子直々のお呼びだったので、それにのるのはおかしくない。

 帰りは、ヤオカム上邸から馬車が迎えに来る。スナーはそう聴いていたので、宮廷の前庭で待つことにし、春宮殿を辞した。バグ嬢に、ライ卿と一緒にまたすぐに会いに来ると約束してしまったので、戻ったらライ卿にそのことを話さないといけない。

 ヤオカム家の紋章がはいった馬車がやってくるのが見えた。スナーは、ヤオカム家の侍女達とともに、そちらへ向かう。

 馬車は車寄せで停まった。見覚えのない御者が、御者台にふたりで立っている。あんなひとが居たかしらとスナーはちょっと不審に思う。

 ヤオカム家の制服を着た従僕がやってきて、侍女達に、別の馬車がすぐに来るからそれにのるようにと云う。侍女達は皆、お辞儀して、承知したことを示した。

 従僕に促され、スナーは馬車のステップを上がる。

 馬車にのりこむ瞬間、なにかがおかしい気がして振り向いたが、従僕がスナーの体を馬車におしこめた。




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