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「呆れた?」

 スナーは頭を振る。「心配していますわ」


 ライ卿の部屋だ。スナーの部屋と違い、ひろい部屋が寝室兼居間になっている。灯はたったひとつしか点されていない。くらく、埃っぽく、かび臭い部屋だ。

 ライ卿は右手で左手首をおさえている。手伝うと申し出たが、ライ卿はスナーが自分の体へ触れることを拒否した。異性が拒んでいるのに無理に触る人間は居ない。

 スナーはだから、小さなかまどでお湯をわかし、ライ卿の指示どおりにナイフをゆがいていた。ライ卿の手首に刺さっていたものだ。ぞっとすることに、彼はそれをゆがくようにと、実に冷静に命じてきた。


 ライ卿はちょっと笑う。というより、鼻を鳴らしたのだろうか。

 鍋のなかでナイフが揺れている。

「なにをしておいででしたの?」

「勿論、薬の研究を」

「それに、ご自分の腕を刺すことが必要なのですか?」

 ライ卿は頷く。

「正確には、僕の血が要る」

「血」

「ああ。ところが、手が滑って強く刺してしまった。ばかだね。考えごとなんて、作業中にするものじゃない。慣れている作業だからと甘く見ていた」

 慣れている、という言葉に、スナーは肌を粟立たせる。ライ卿はつかみどころがないが、明るくて優しいかただと思っていた。それが、ご自分を傷付けて、どんな薬をつくっているというのだろう……。


 ライ卿はスナーの気も知らず、もごもごと続ける。その声は、相変わらず掠れている。

「兄のことが、決着すればな。僕は宙ぶらりんなのは嫌いなんだ。君のこともある」

 最後はそれなりに、はっきりした発声だった。スナーは我に返る。

「な、なんですの?」

「君との結婚のことだ、僕の花嫁さん。兄が結婚しないうちに君とは結婚できない」

 スナーは慌てて、その話題について考え、頷いた。そうだ。結婚していないと爵位を継げないから、このかたのお兄さまは結婚相手をさがしている。そちらの婚姻がすまなければ、わたくしはこのままここで、宙にういたような立場に置かれる。

「君は、僕と結婚したくないだろうけど」

「いいえ、したいです」

 ライ卿が声をたてて笑う。ベッドに腰掛けているので、その動きでベッドがきしんだ。ライ卿は左太腿に右足をのせる、行儀の悪い座りかたをした。

「君のような変わり者はめずらしい。自覚はある?」

「ございません」

「もしかして、君は目が悪いのかな。それとも、鼻に問題を抱えている?」

 肩をすくめた。


 もういいというので、火を消した。ライ卿は手首におしつけていた布を外し、傷口に薬を塗る。ひどい匂いだ。

 ああ、この薬の匂いなのかしら。

 ライ卿がスナーを仰ぐ。スナーはそちらへゆっくりと歩いていって、ゆるしを得ずに隣に座った。ライ卿は小首を傾げる。

 スナーは手を伸ばし、ライ卿の前髪をそっと脇へ寄せた。ドブ色の濃い眉毛と、淡い金色の瞳が見えた。金には黄緑や黒が散らばっている。

 ライ卿はスナーに顔を近寄せ、そっと唇を重ねてきた。スナーは逃げない。

 彼はさっと離れると、薬の蓋を閉めた。

「もう大丈夫。君は気晴らしに、出掛けるといい。そう、君のお兄さんから持参金が届いたよ。僕には必要のないものだから、君がつかい給え」

 それで、話はお仕舞ということらしい。

 スナーは立ち上がり、廊下へ出ていった。退出の挨拶は、無作法にもしなかった。




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