祝宴
何とか無事に、ドラゴン討伐は終わった。
コータは直接の討伐隊では無かったものの、後方支援でもそれなりに良い報酬が貰える。
そして、こういった大規模討伐を無事に終えた者達は、こぞって宴席に興じる。
コータもまた、ガイア達に誘われて宴会―――実際にはギルド主催の慰労会―――の席に参加しているのだった。
「おう、コータ! 飲んでるか?」
「ああ、うん。頂いてるよ。ガイアは……聞くまでも無さそうだね?」
「おうよ! なんてったって、今回はギルド長の奢りだからな! 遠慮する必要がねぇんだよ!!」
「ん? ギルド長って、冒険者ギルドの?」
「ああ。傭兵ギルドからたんまり報酬を引き出したらしいぜ! そういや、何やら傭兵ギルドの失態がどうとか笑顔で言ってたな……何だっけ?」
「傭兵ギルド長が、独断で危険な指示を数人に出していたそうですよ。その追及で、今は会計監査が緩いのだそうです。…まあ、監査って言っても、そのギルド長が横領資金を着服する根回しが主だったようですから。下の者は皆大喜びでしょうね。だから、今回の報酬は引き出したって言うよりも、ようやく正規の額が支払われたと言った方が正しいと思います」
「そうなんだ」
ガイアが言葉に詰まり、ミーシャが補足する。ガイアは既に相当酔っているのだが、ミーシャはまだまだ大丈夫そうだった。
コータは傭兵ギルドの事情を知らなかったのだが、今の話から大体推察できた。要はギルド長の独断が原因で、その下で働く職員達が困っていたのだろうと当たりを付ける。
「………難しい話は良い。飲め」
「ぅえぇっ!? あ、うん。ありがとう」
いつの間にか背後に現れたスウェンにコータが驚く。
顔色や雰囲気に変化は無さそうなので、スウェンはお酒に強いのかもしれないとコータが思っていると、背中に覆いかぶさる人が居た。
「えへへ~。コータくん飲んでるぅ~?」
酔っぱらっている状態のシータだった。
シータはガッチリとコータに掴まり、酒の入った杯を片手にウザ絡みし始める。
「ちょっとシータ。コータさんに迷惑でしょう! ちゃんと椅子に座りなさい!」
「えぇ~? 羨ましぃのぉ~? じゃあ右はボクが貰うから、ミーシャは左だね!」
諫めに入ったミーシャを躱し、スッとコータの右側に陣取ったシータ。そのシータに誘われ、ミーシャは言いたい事がいろいろとあったのだが、ぐっと堪えてコータの左側に座る。
コータは戸惑いながらも、折角のただ飯だからと目の前の料理を取ろうと手を伸ばす―――
「ほらほら、これ美味しいよ!」
「え―――――むぐぅっ!?」
――が、シータがいつの間にか持っていたミートボールを口に捻じ込まれた。
急な事に、目を白黒させていたコータだったが、咀嚼した瞬間に口の中で味わう方へと思考がシフトする。
外側がやや硬めだが、噛んだ瞬間に軟らかくもジューシーな中身が肉汁と共に飛び出し、口の中を満たす。甘辛く濃いめに味付けされたソースと、中から飛び出した肉汁が絡まり合い程良く調和し、その味の変化のお陰で飽きが来ない。食感も面白く、外側の歯ごたえある硬さと、内側の舌の上でとろける様な軟らかさが混ざり合う事で、不思議と噛む度に楽しくなってくる。
「おうコータ、その肉団子にはこの酒が合うぜ!」
コータがもきゅもきゅと食べる事に夢中になっていると、今度はガイアがお勧めの酒を持って来た。
「んぐ…。ありがと、飲んでみるよ」
ガイアから杯を受け取り、コータはまず一口飲む。
口当たりは軽やか、のど越しは爽やか、後味はスッキリ。
成程、濃いめの味付けや脂分が強めの料理にはとても合う…とコータは思いながら、二口、三口と飲み進める。
「いける口じゃねぇか、どんどん飲めよー」
杯が空く度にガイアが注ぐ。
コータも返礼として、ガイアの杯が空くと同じ酒を注ぐ。
コータはこういった雰囲気が嫌いじゃない。寧ろ、歓迎するレベルで好きだった。
気を遣わずに飲めるというのも重要だが、こうして一緒に飲み食いしながらだべるのが良かった。
「ちょっとちょっとぉ~…美女が2人もすぐ傍に居るのに、むさいおっさんにばっかり酌をさせるってどうなのよぅ~」
「ちょっ、こらっ、誰がむさいおっさんだよ!?」
「アンタに決まってんじゃん~。何? 自分の事若くてイケメンだとでもぉ?」
「そこまでは思ってねぇよ!?」
「あ、コータさんどうぞ」
「あ、ありがとう」
「ちょっとそこ!? 抜け駆け禁止だよぉ!?」
「あはは」
この世界に来てからずっと余裕の無かったコータだったが、今は心の底から笑えていた。元の世界に比べると、どうしても命のやり取りが多く価値も軽い。結果、自覚は無くともコータはずっと気が張っていた。
それが今、こうして飲み食いを共にできる友人のような存在ができ、コータは心を許し始めていた。
「おっとそうだ、コータ」
「ん?」
「改めて、俺らのパーティーに入らねぇか?」
「え? 酔ってんの?」
「阿呆、真面目な話だよ。まあ、酔ってはいるがな」
酔ってはいても酔ってないと言う人は多々あれど、自ら酔ってると言う人を初めて見たコータは驚き、返答が遅れる。
「あー…やっぱ嫌か? まあ、嫌なら無理にとは言えねぇが、お試しで何回か一緒に依頼熟してからでも考えちゃあくれねぇかな?」
「あ、ごめん。違う事考えてた」
「んだよ、無駄に焦っちまったじゃねぇか……」
苦笑しながらも安堵した様子のガイア。
「あれぇ? パーティーの件って、もう少し様子見するんじゃなかったっけぇ~?」
「や、考えてみりゃあ早い方が良い。連携の問題もあんだが、コータはぶっちゃけ技術と経験が足りねぇだけで能力は高いと思ってんだ。実戦に勝る訓練は無ぇって聞くし、すぐに追いつくだろ」
レベルという意味ではコータはやや低いが、ステータスという意味では魔法関連を除けば大きな差は無い。
とは言え、コータはこの世界に来てから戦闘を経験、それも罠に掛けたりするのが主だったので、純粋な戦闘は未経験だ。当然ながら技術も拙い。
ガイアの誘いは素直に嬉しいが、コータはずっと冒険者をメインに活動するつもりは無い。リリーエルから頼まれた事もあり、資金に余裕ができたらお店を持つ予定である。勿論、現状ではどのくらい先の事になるかもわからず、それがまたコータの判断を迷わせる要因でもあった。
「実はさ―――」
以前は冗談交じりに誘われたが、今回ガイアは真面目な話だと言ってまた誘ってくれた。ならば、自分も今後の予定……と言うよりも目標を伝えるべきだろうとコータは思った。
異世界から来た事や、リリーエルと対面して会話した事等は伏せて話した。
「……成程、コータの言いたい事は解った。だが、なら尚の事パーティーを組もうぜ。多分だが、コータが店を持つ為の資金を貯めるのも、ソロで依頼を受けるより早くなる筈だ」
「え? でも、いずれはパーティーを抜けるんだよ?」
「構わねぇさ。もしかすれば、その頃には俺らも何人かは引退してるかもだしな?」
「そ、そうなの?」
「おうよ。自慢にゃならねぇが、貯金は今でも結構あるんだぜ。後は自分の身体が満足に動く限りは冒険者業をやるってぇだけだ」
「成程……」
「どころでよ」
「何?」
「何の店、やるつもりなんだ?」
ガイアの質問に、コータは少し考える。
リリーエルは文明レベルを上げたいと言っていた。それも、機械技術を。
しかしコータは、元の世界では点検や修理等を行ってきた機械保全だ。正直開発には微塵も関わっていない。ただ、職業柄必要だった機械知識は構造や部品の細部に至るまで持っている……やや偏りはあるが。
となると、お店は元の世界の職を活かした方が良いだろう…とコータは考えた。
リリーエルからの依頼に関しては、生活に余裕ができてからという事で。
「ああ…えっと、保全屋……かな」
「保全屋?」
「うん、そう。武具に限らず、生活に利用されている機械やなんかのメンテナンスって感じかな」
「めんて……ん? コータは武器や防具も直せるのか?」
「一応ね。道具と素材は必要だけど、ちょっとした損傷なら直せるよ」
「っつー事は、もし開業が早くなっても、俺らが世話になったり、必要な素材を一緒に採りに行ったりはできるってぇ事か?」
「え? あ、うん。そうだね?」
「はっは、何で疑問形なんだよコータ」
「ああいや、そういう考え方もありだなって思って」
「そうか。なら、尚の事協力しても俺等にゃあ損は無ぇ。取り敢えず、何回かお試しからどうだ?」
「……そうだね。それじゃあ、宜しく」
「おうよ! じゃあ飲もうぜ! 今日は祝いだぁ!!」
「全く…もとより今日はドラゴン討伐成功のお祝いですよ」
「だねー。我らがリーダーは忘れっぽいなぁー」
「言い過ぎだろぉ!?」
ミーシャが突っ込み、いつの間にか現れたリュウが追い打ちを掛ける。
そんな気兼ねしないやり取りに笑いが起こり、改めて乾杯する。
「あれ? そう言えばスウェン居なかった?」
「ああ、スウェンなら……ほら、後ろだ」
「え?」
ガイアに言われてコータが振り返ると、机に突っ伏しているスウェンを発見した。
体がゆっくりと上下しているので、酔いつぶれて眠ってしまったようだ。
「酒、弱いんだよあいつ」
「え? でも、さっきは……」
「顔に出ないんです」
「あはは~、いっつも真っ先に潰れるの~」
「んで、誰かが介抱するまでがセットかなー」
そうなんだとコータは納得し、手に持つ杯を煽る。
「コータさん、お酒のつまみにこのチーズもどうぞ。美味しいですよ」
「あ、うん。ありがとう」
コータはミーシャが勧めたチーズを手に取り、一口齧る。
癖が無く、フレッシュタイプに近い風味で、食感もそこそこ、軟らか過ぎる事も無い。ベストとは言えないが、ベターなつまみと言える一品だ。
つまみながら、幅広い種類のお酒に合いそうだなとコータは思った。
「おっ、この店御自慢の自家製チーズじゃねぇか、俺にもくれ」
「追加で注文してください」
「おいおい、コータだけ特別扱いかぁ?」
「きょ、今日だけ特別です!」
「ほ~ん?」
「……何が言いたいんですか?」
「いんやぁ~べぇつにぶっ―――――痛ぇなコノヤロウ!!」
「こらこら、珍しくミーシャが積極的なんだから~、邪魔しないのー」
頭を引っ叩かれてぎゃあぎゃあ騒ぐガイアを、シータが襟首を掴んで引き摺って行った。リュウは苦笑しながらもそれについて行く。
急な出来事に、コータはポカーンとしてその様子を見ていた。
「……全くもう」
小声で呟いたミーシャの声は、隣に居るコータの耳にも届かなかった。
そんなミーシャの頬は、酒の所為かはたまた別の要因か、少しだけ赤く染まっていた……………。
「ちょ、こらっ、いい加減離しやがれ!」
「ほいさ~」
「ぐぺっ!? こ、この……」
「まあまあ、あっちはミーシャに任せようぜー」
「あん? 任せるって何だ?」
「このニブチンがぁ!」
「痛っ、叩くなっつうに」
「まーあれだね。本人は否定してるけど、好意的なのは確かだからねー」
ミーシャがコータに好意を寄せているのは間違いない、それはリュウとシータの共通認識だった。
勿論、好意=恋心とまでは言わないが、それでも将来的にはわからない。
結論として、リュウは見守る事にした。それに対し、シータはちょっかいを掛ける方を選んだ。嫉妬心を煽れば、ただの好意かどうか自覚し易いだろうと思っての事である。
ガイアを連れ出したのも、あのままではコータはガイアとばかり会話を続けそうだと判断したからだ。
「つーかよ。スウェンのやつを置いて来ちまったが、良かったのか?」
「「あ……」」
斥候担当のスウェン。
コータは彼の事を、知的且つ寡黙でクールな人だと認識している。だが、実際には普段あまり喋らない所為で、存在を忘れられ易い不憫な人なのかもしれない。
「どこ行ったんだろ?」
「さて、私にはわかりかねますが、気にしなくても大丈夫だと思いますよ。あれでも常識は持って……持って………ま、まあ、他人に迷惑を掛けたりはしないでしょう」
「そこはかとない不安が……」
言い淀むミーシャの言葉に、コータの不安が煽られる。
「だ、大丈夫ですよ。リュウさんが居ますしね」
「あれ? シータは?」
「シータは困ったところがありまして……」
ミーシャは言葉を濁すが、コータは気になる事ができた。
「そう言えば、ミーシャってシータの事は呼び捨てにするんだね?」
「え? あ、はい。付き合いが長いというのもありますが、やはり女性同士だからというのが大きいですね」
「そうなんだ」
「……まあ、男性を呼び捨てにするのが恥ずかしいだけですが」
「ん?」
「いえ、何でも無いです」
最後の方、ミーシャがぼそりと呟いた声はコータには聞き取れなかった。
その後も、パーティーメンバーの話題であったり、これまでどんな依頼を受けてきたかなどの話題で盛り上がり、日が変わってガイア達が戻ってくるまで2人は一緒に過ごした。