ドラゴン討伐とその後
コータが自身の身体を慣らしつつ常時依頼を熟す事十数日、遂にドラゴン討伐隊の招集が掛かった。
あれから、更に2回ガイア達と訓練を行っていたコータは、漸く上昇したステータスに適応していた。
とは言え、時間が掛かった理由は途中でまたレベルが1つ上がり、ステータスが上昇した所為もある。
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コータ
<ステータス>
レベル:29 (+1)
HP:245 (+8)
MP:0(固定)
腕力:113 (+4)
脚力:207 (+8)
魔力:0(固定)
防御:60 (+2)
<スキル>
鑑定【5】 回避【4】 剣術【5】
整備【6】 鍛冶【3】 彫金【3】
魔法無効【-】 木工【4】 合成【2】
気配察知【6】 採取【7】 恐怖耐性【2】
<呪い>
魔封じ
<称号>
異世界人
転移者
女神リリーエルの慈愛
封じられし者
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訓練や常時依頼を熟す為に頑張った結果なのだが、コータには1つ、気になっている事があった。
(合成のスキルレベルも上がってる? 何で?)
合成を使用した事は無い。
と言うよりも使用できない。
MPを消費しなくてはならないが、コータにはMPが無いからだ。
一度もスキルを使用していないのにも拘らず、何故か合成のスキルレベルが上昇していた。
この事が、コータにとっては不思議でしかなかったのだ。
種を明かすと、リリーエルがコータに授けたスキルは、普通に取得や習得したスキルとは性質が異なる。
何らかのアイテムで取得したスキルや、自身の努力で習得したスキルの場合、個別の経験値を必要とする。
しかし、リリーエルが授けたスキルの場合、コータの魂に混ぜ込んだスキルである為、コータ自身が得る経験値を微量ながらも吸収している。当然だがこれもマスクデータである為、鑑定では解らない。
つまり、効率は悪いながらもコータが経験を得る度に、僅かずつだが成長する。
因みに、リリーエルの言っていたキャパシティ云々の話は、魂の許容量が関係していた。だが、新たに取得や習得するスキルは、魂とは関係無く覚える事が可能である。だからこそ、コータはテルエールに降り立ってからもスキルが増えたのであった。
そんな裏事情を知らないコータは、答えの出ない疑問に頭を悩ませていたのであった……。
さて、そんな疑問を抱えたままであるコータであったが、時間は無情にも過ぎていくものだ。
結局は緊急依頼を受けたコータ。ただ幸いな事に、コータの持っている武具は品質が低いという理由で供出を免れていた。
そんな訳で、コータは討伐軍が到着する迄の家畜の誘導や、到着してからの参戦となっていた。
集合場所へと到着したコータは、先ず手続きを行う。
と言っても、ギルドカードを提示して確認して貰うだけなのだが……。
手続きも終わり、指示された場所へ向かう。
各担当で別れて集合し、それぞれ隊長からこの後の行動についての説明があるらしい。
コータは今回、補給物資担当だった。
所謂後方支援の1つである。
「うむ、来たか。声の届く範囲でしばし待て、人員がまだ揃っていないのだ。…まあ、揃わなくとも刻限が来れば説明を始めるがな」
疲れ切った表情でそう言ったのは、今回補給部隊長を務める男だった。
行軍が休みなく続き、蓄積された疲労は相当なものだろう。しかし、それを顔に出すのは、彼の立場上あまり褒められたものでは無い。
正規兵を除くと、コータの他にはある程度経験を積んでいそうな若手から中堅の冒険者が複数のグループで纏まって待機していた。そこに傭兵の姿は無い。
傭兵ギルドは今回のドラゴン討伐で、全ての傭兵を討伐隊の最前線に送っていた。
普通であればそんな事は不可能なのだが、今の傭兵ギルド長が権力とコネを最大限に活用し、無理を通していた。
それが吉と出るか凶と出るか、理解する事も無く……。
それ程待たず、人員は揃った。
「揃ったか。…では、今回の作戦を説明する!!」
討伐はドラゴンの習性を利用して行われる。
前線を3つに分け、正面を囮として足止めし、残り2つで挟撃する。過去の討伐戦で最も被害の少ない戦術を選んだらしい。
細かい戦術は各隊長が都度指示する。
と言うのも、長期戦が予想される為、分けた部隊を更に細かく分けて波状攻撃を仕掛けるつもりでいる。だからこそ、戦況に合わせて指示を変える必要が出てくる。
そして補給部隊は、こちらも部隊を3つに分け、それぞれの支援を行う。
コータは囮の部隊支援に配された。
「武具の補給は当然の事だが、不要となった武具の回収も行う事となった。修繕不可能な物は邪魔でしかないからな」
と言う事で、拠点とは別に中継地点を幾つか作り、補給部隊が戦場と中継地点を行き来し、不要な物の回収もする事となった。
「うーっわ、ここ大丈夫かよ」
拠点から出て、最初の中継地点に到着した時、コータと同じく囮の部隊支援に配された青年が独り言ちる。
ある意味当然の心配だろう。
目線の先では、既に戦端が開かれていた。
ドラゴンの姿は遠く、先日コータが受けたブレスでも届きはしないだろう。しかし、その迫力は遠目であっても尚、戦慄するものであった。
正直、青年と同じ気持ちだとコータは思っている。
「でもよ、おかしくねぇか?」
「あ? 何がだ?」
「戦闘開始は全ての部隊の準備が整ってからだろ? 俺らは今着いたんだぜ?」
「……そう言えばそうだな」
ドラゴンは目に付く生物を襲うと伝えられている。
だからこそ、囮を越えて後方の支援部隊に向かわせないよう、中継地点を複数作り、前線付近はダミーとする手筈であった。しかし、既に戦闘が始まっており、中継地点を作る余裕など無くなっている。
それに、挟撃予定の部隊が見当たらない。
「急いでカバーに回れ! このままじゃ総崩れになるぞ!!」
「ふざけんなよ!? 何で糞共の尻拭いしなくちゃなんねぇんだよ!!!」
「あんの野郎共! 生きて戻ったら容赦しねぇからな!!」
実情は、功を焦った傭兵ギルド長に指示されていた集団が、指揮官の指示を無視してドラゴンへ特攻をかましただけである。
派遣されて来た正規兵達は、皆一様に激昂している。それこそ、普段丁寧な口調を心掛けている者達の言葉が汚くなるくらいには。
だが、だからと言ってそれを指摘している場合でもなく、余裕すら無い前線では戦線維持に努めるのが精一杯となっている。
いや、既に予定の配置よりも少し下がってしまっているので、後方支援の部隊員達にも影響が出始めている。
この時点で、傭兵ギルドは国軍の恨みを買ってしまっていた。
「チッ、仕方ねぇ! 予定の繰り上げだ!! 半数はここで拠点の構築! 残りは前線から戻ってくる怪我人の治療をしろ!!」
その状況を確認した他の後方支援部隊からも怒声が聞こえてくる。
イレギュラーな事態の為か、本来ならば各部隊の隊長がそれぞれに指示を出す筈が、今は治療部隊の隊長が纏めて指示を出していた。
それも仕方が無いのかもしれない。
今も尚、暴れているドラゴン。尻尾による薙ぎ払いや、翼で起こした暴風によって、前線に居た多くの者達が吹き飛ばされ、舞い上がっている。
囮役の前線は、既に半壊している。
怪我人の数も、相応に多いだろう。
幸いにも、コータの見える範囲に死人は存在しない。
必然的に、治療が必要な重軽傷者も多い筈だ。
幾人かが、こちらへ足を引きずりながら戻ってくる様子も見られる。その姿は、さながら敗残兵といった風袋だった。
「我々も動くぞ! あの様子だと、最前線はもう時間の問題だ。戦闘中の武具回収は諦める。こちらも半数は拠点の構築に手を貸せ! 残りは準備した物資の再確認と選別をし、今すぐ必要になりそうな物を纏めておけ!!」
補給部隊長の指示が出る。
コータ達は急いで指示に従い、二手に分かれる。
コータは拠点の構築に回された―――――
結果として、ドラゴン討伐は成功した。傭兵に多大な犠牲を出して。
指揮系統が機能せず、当初の予想を大幅に上回る犠牲者が出た。原因は傭兵達の独断専行。
幸いと言って良いのか、死者は傭兵のみ。重軽傷者は200名を超えた。しかしそれも、現場での治療が間に合い、手遅れにならずに済んだからこその数字だった。
当然ながら、責任追及は傭兵のまとめ役である傭兵ギルド長へ向かった。
本来であれば、作戦通り正面の囮と両脇からの挟撃を同時に行っていれば、死者は出ない計算だった。
ドラゴンが脅威なのは、その肉体の強靭さや空を舞う翼もそうだが、なにより広範囲に渡って繰り出される高威力のブレスだ。
ドラゴンは、一方行に敵対するものが居る場合、かなりの高確率でブレスを吐く。しかし、周囲に兵を展開する事で、尻尾による薙ぎ払いや爪と牙による近距離攻撃に絞る事ができる。今回はその習性を利用し、作戦を立てていた。
案の定、挟撃部隊が合流するまでに2回、ブレスが放たれていた。
死者が出たのもその所為だ。
討伐完了後、今回の指揮官である総隊長は、生き残った傭兵を全て集めて尋問した。
何故指示通りに―――――作戦通りに動かなかったのか?
口を噤む者も多かったが、数人が口を揃えてこう言った。
ギルド長の指示である。一番槍を取って来い、その後多少崩れたところで人数も多い、失敗する筈も無いのだ…と。
総隊長は呆れて声も出ず、そのまま傭兵達は事態が収拾するまで拘束される事となった。
そして現在、討伐の報告書と共に国軍からの正式な抗議文が送られて来た傭兵ギルドのギルド長室では―――
「ふざけるな! 私は何も悪い事などしていないではないかぁ!! 何故抗議文が送られて来なければならない!?」
――傭兵ギルド長が怒声を放っていた。
報告書を受け取るまでは、ご機嫌だった。目を通し、その内容に苛立ちを覚え、次いで抗議文を目にした途端にこれだ。
知るか、お前の頭が悪いからだろう…と、周囲の者達は思っていた。
傍に侍るのは、ギルド長の秘書兼受付嬢の年若い女性だ。
彼女は、元々人気がある受付嬢だったのだが、今のギルド長就任の際に目を付けられ、こうして無理矢理秘書にされた。実務をよく知らないギルド長は、受付業務にも書類仕事があるのだからできるだろう…と安易に考えていた。当然そんな事は無い。そしてそう言われて任命された時、彼女は本気で辞めるかどうかで悩んだ。しかし、貴族に目を付けられると碌な事が無い。執着が酷ければ、最悪、一生逃げ続ける覚悟もしなくてはならない。そこまで考え、彼女は諦めた。不幸中の幸いなのは、直接の誘いが無いので、他の職員協力の下、これまで2人っきりになるような事態には陥っていない事だろうか。
他の職員も、彼女程ではないものの、様々な無茶を言われて来た。
だからこそ、今回の事で失脚すれば良いと考え、ギルド長の暴走を止める事もなく放置した。
「そもそも、“自称勇者”はどうした!? ドラゴンともなれば、必ず出向くと聞いていたから今回の作戦を思い付いたと言うに!! 何故あ奴が来なかった!? 来ていれば、1人の死者も無く終わっていただろうがぁ!!!!」
知らんがな、噂を鵜呑みにせず自分で連絡を取れや…と、ギルド長を除く全員が思っていた。
“自称勇者”は、コータと同じくこの世界に来た異世界人だ。
自称が付く理由は、別段魔王が存在しないこの世界で「自分は魔王を討伐する勇者なのだ」と事ある毎に言い続けていた事が発端である。
最初は、可哀想な者を見る目で周囲は見ていたのだが、性格そのものは悪くなく、言うだけの実力があると知るや否や、『よくわからないが周りを気にしない“勇ましい者”なのだろう』と納得し、ある種の親しみを込めて“自称勇者”と呼ぶようになっていた。
ただその“自称勇者”、自身の強さを伝える為に「ドラゴンが出れば俺がそこへ出向いてやるぜ!」と公言していた。
因みに現在は、その強さが国王の目に留まり、騎士団の指南役に就任していたりする。
そういった情報を持っていた傭兵ギルド長は、国軍がドラゴン討伐に出向くのであれば、必ず“自称勇者”も現れるだろうと思っていたのであった。
そして実際に来ていれば、確かに独断専行で隊列を乱したところで、傭兵に死者までは出なかっただろうと言える程の実力がある。
だからと言って、独断専行そのものが許される訳では無いのだが……。
「糞、クソッ、くそぉぉぉぉおお!!!!」
荒れ狂う傭兵ギルド長、しかしてそれを見るギルド職員は、決して表には出さない侮蔑の感情をギルド長へ向けていた。