模擬戦とその後
「――っつー……」
「大丈夫ですか? コータさん」
「ああうん、なんとか」
コータは今、冒険者ギルドの奥にある訓練場で、腕や足の怪我をミーシャに治してもらっていた。
結果としては、ズタボロにやられた。
ステータス上ではそこそこ打ち合えるかもとコータは考えていたのだが、やはりと言うか当然と言うか、経験に圧倒的な差があった為にほぼ一方的にやられて終わった。
とは言え、ガイアも全力でやった訳ではなく、結構手加減をして余裕を持っていた。
しかし経験の浅いコータは、フェイントに翻弄され、真面に打ち込む事もできなかったのだった。
呼吸を整えているコータの下に、訓練用の刃を潰した剣を返しに行っていたガイアが戻って来た。
「筋は悪くないと思うんだがなぁ……。そういやぁ、コータは剣術スキル持ってねーのか?」
「え? あ、いや、持ってるけど?」
「…何でアーツを使わねぇんだ?」
訓練中、コータはアーツを使っていない。と言うよりも、アーツの存在は知ったばかりな事もあって今迄使った事は無い。
コータとしてもぶっつけ本番で使うのは怖く、この模擬戦で試すつもりであった………最初は。
先程も述べたように、コータには経験が足りなかった。だから打ち合いに余裕を持てず、その考えはいつの間にか頭から抜け落ちていただけであったのだ。
まあそれはそれとして、模擬戦の内容が余りにも一方的だった事もあり、コータにはちょっとしたアーツでも使用を躊躇われる理由が増えていた。
「や、使った事ないし、技後硬直も怖いし?」
アーツを使って回避されたり受けきられた場合、技後硬直で動けない間に致命傷を受ける危険があると考えていた。
「いやいや、アーツは強制的に体勢を整えられるからよ、踏ん張りが効かない時とかは寧ろ積極的に使った方が良いと思うぜ」
「え? そうなの?」
「ああ、ある程度知能のある魔物相手だと、油断を誘って不意を衝く事もできるからな! ちょっとしたカウンターみたいになるんだぜ!」
「成程……」
知能の高い魔物だと、体勢を崩してから仕留めに来るものも居る。
そこを逆手に取り、相手を油断させて一撃を決めるのだとガイアは語る。
「ま、硬直の事を考えりゃあ、相手が複数の場合は使える技は限られるがな」
1匹斃せたところで、その他の魔物から一斉に襲われれば意味無いしな……とガイアは続ける。
実際、熟練な者ほどスキルアーツを使用する頻度は少ない。
必要無いからという者も多いが、何よりも反撃を警戒しての事だったりもする。
「ああそれと、足運びは変えた方が良いな」
「……?」
「自覚無しか……。あのな、コータは今、移動する時に踵を浮かせて動いてんだろ?」
「あ、あー…そうだね」
コータは、中学と高校の体育―――選択授業含む―――で、剣道をやっていた。踵を浮かせていたのは、その時の経験が今も残っているからでもある。
その経験があったからこそ、スキルに最初から剣術があったのだ。
「あれは止めとけ、ここじゃあそんなに気にならんかもしれんが、外じゃ通用しなくなるぞ」
「え? そうなの?」
「ああ、ありゃダメだ。ここは整地されてるから躓くもんは無いが、あの動きは外じゃ小石程度でも阻害されるぞ。特に足場の悪い場所だと、動くたんびに隙を晒しちまう。……つまり、実戦向きじゃねぇな」
「………そっか、気を付けるよ」
確かに剣道では、足場が悪い中での試合など無い。
そも、屋内でのスポーツなのだから当然でもある。
しかし、実戦では足場の良い場所でしか戦わないなんて事は現実的じゃない。寧ろ、足場の悪い場所の方が多いだろう。
現に、コータが前に受けた依頼である小鬼の討伐では、村周辺でも足場の悪い所が多かった。
思い当たる事のあったコータは、素直にガイアからの忠告を聞き入れる。
そう言えば、日本には武蔵が係わった剣術道場か何かに、そういった実戦を想定した動きをする流派があった気がするなぁ…とコータはぼんやりと思い出す。
「んまあ、癖って言うほど酷くはねぇから、気ぃ付けてりゃすぐに直んだろ」
「わかった、頑張ってみる」
「おう! 言ってくれりゃあいつでも訓練相手になるからな!」
「あはは……ありがとう」
ニカッと笑いながらそう言ってくれるガイアに、苦笑しながらもお礼を言うコータ。
「いや~、可哀想な程にボロボロだねぇ?」
「ちょっと、その言い方は無いでしょうシータ」
話の切れ目にコータへ声を掛けるシータ。
そのあけすけな言葉を咎めるミーシャ。
それを「ごめんごめん」と言って流し、シータは続ける。
「それよりさ……ボク、見てて気になったんだけど、コータくんは足さばきと言うか重心移動と言うか…なんとなーく違和感があるんだよね。何と言うかこう……自分の体を上手く扱えていないようなそんな感じ?」
言葉の最後で首をこてりと傾げるシータ。
コータはそれをちょっと可愛いと思いつつ、言われた事について考えてみる。
勿論、コータに心当たりはある。ものすごーくある。
なんせ、急激なステータス値上昇のおかげで、足の速さが目に見えて上がっていたのだから……。
走るだけであれば単純な動きだから然程問題無かったのだが、剣の打ち合いともなればそういう訳にもいかない。相手がいる分、余計に複雑な動きが要求されてくるからだ。
そうなってくると、自身の能力を把握しきれていないコータに精細な動きができる筈も無く、動こうとするだけで力が入りすぎたり足運びがズレたりと、イメージと実際の動きが食い違い戸惑っていた。
だが、その心当たりをそのまま伝えるのは難しい。
(ドラゴンと遭遇しました。ブレスを受けたけど平気で、レベルもいっぱい上がってましたー……なんて、言えないよねー……)
改めて思うと、正気を疑うレベルの内容である。
しかし、コータも何故そうなったのかと聞かれた場合に、正確に答えられる自信が無かった。
レベルの上昇についてもそうだが、コータはあのドラゴンが立ち去った理由を知らない。運が良かったとしか思えないのだ。
事実をそのまま伝えた場合、ブレスを受けて無事だった理由を説明しなくてはならない。
だが、その場合には魔法無効についても教える必要が出てくる。
コータには、その結果が良い方向に転ぶとはとても思えなかった。
コータは考えた末に―――
「うーん…まあ、走ったり素振りしたりはした事あっても、実戦は小鬼くらいだったし、その時も罠を使ってから止めを刺すくらいだったからなぁ……。戦闘と呼べるようなものは一度も経験無いんだよ」
「ふ~ん?」
嘘では無いものの、本当の事を話すのは避けたコータ。
それを聞き、シータは納得してなさそうではあったがそれ以上の追及もしなかった。
「――はい、治りましたよコータさん」
「ありがとうミーシャ」
「どういたしまして」
そうこうしているうちに、コータの治療が終わった。
「そう言えば…今更だけど訓練とかしてて良かったの?」
コータはガイアに尋ねる。
「ん? ああ、まあ大丈夫だろう。期日もまだ先だし、それ以前に俺らはあの依頼は受けないからな」
「え? そうなの?」
「おう! ここのギルド長はまともな人でな。表に出てる緊急依頼は傭兵ギルドの面子を潰さない為の内容になっちゃあいるんだが、一定のランク以上の冒険者向けに別の緊急依頼を個別で出してんだ」
「別の?」
「おうよ。まああのボードには貼り出してないからあっちじゃ言わなかったが、国軍に協力する内容だけの依頼が出てんだよ。上位ランクの冒険者まで武具を供出しちまったら、それこそ一時的とは言え冒険者ギルドの戦力だだ下がりだかんな」
(確かに……)
「そうそう。それに流石のギルド長でも、冒険者全員の不満を抑えられる訳無いしね~」
その後も、ガイアとシータの愚痴をコータが聞くという流れになった。
思いの外不満が多かったらしく、コータが解放されたのは夕方近くになってからだった―――――
「――どう思ったよ?」
コータと別れ、ガイアが自分のパーティーメンバーに問う。
「んー…全部は言ってない感じ? 嘘っぽいな~って話もあったけど、多分嘘じゃないんだよね?」
「………そうですね。以前にも言いましたが、我らの信仰する神は嘘をお厭いになります。過去には、加護を授かった方が虚言を吐いたと同時に、その身に受ける加護を失ったとの記述もあるそうです。つまり、今も強い加護を持つコータさんは、先程の話で嘘を吐いていない事になると判断できますね」
「んならよ、事情があって話せないが、嘘にならない表現をしてるか、そもそも嘘になる事は話してないってぇ事だろ? 今でこそコータは戦闘能力が低いが、基礎値は十分ありそうだ。経験を積めば十分動けるようになるだろうし、俺は良いんじゃないかと思うが、皆はどうだ?」
どうだ? と言うのは、パーティーメンバーに誘う話の事だ。
以前誘った時はその場のノリと冗談半分だったのだが、今確認を取っているのは本格的に勧誘しないか? という事である。
「私は賛成です。いつか信用を得た時、必要であれば教えてもらえると思いますから」
「ボクも賛成かな~? 初対面の相手に何でもかんでも話す人よりは、逆に信用できるって思うし? 用心深いとも取れる訳だし? その方が冒険者としては安心できるよね~」
「だなー。俺も賛成かなー」
「………良いと思う」
「決まりだな!」
満場一致で、コータを本格的にパーティーメンバーに勧誘する事が決まった―――――
一方、ガイア達と別れたコータはと言うと……。
「んぅ……。今の身体に慣れる迄は、適当に採取依頼をちょっとずつ受けながら様子見、とかしたかったんだけどなぁ……」
早々に宿屋へ戻って体を休めていた。
傷はミーシャに治してもらったお陰で痛みは無いのだが、疲労は抜けていない。
時間的にも、日が暮れ始めてきた事もあってどこかへ行くという選択肢はコータには無かった。
どの道、ドラゴン出現による緊急依頼の所為で他の依頼も受けられない。
ただ、ガイアから聞いた話が事実であれば、コータにはあのボードに貼られていた緊急依頼を受ける以外に仕事―――収入源―――が無い。しかしコータには、供出できる武具なんて物も無い。
一応、常時依頼であれば納品可能だと、愚痴を聞くついでにガイアから教えてもらっていた。
稼ぎの少ない新人なんかは、専らそちらで生計を立てる者も少なくないそうだ。
さてどうしたものか…とコータは考え込んでいた。
「……お腹空いたな」
陽が沈み、自身のお腹から“くぅ~”といった音が聞こえた事で思考を中断したコータ。そう言えばお昼も食いっぱぐれていたなと思い出す。
部屋を出て、時間はやや早いが一応は食事の時間内である事を確認したコータはそのまま食事を頼む。
「はい! お待たせ―! お客さんは運が良いね! 本日は偶然仕入れられたリバーリザードのステーキですよ~」
ドンッ! と目の前に置かれた皿をコータは見る。
一枚の大きな肉は、一口サイズに切り分けられており、その傍には、付け合わせのサラダとパンが添えられていた。
「下味は付けてるからそのままでも美味しいけど、このソースを掛けても美味しいよ!」
そう言ってステーキの横に置かれたのは、紺色をした液体だった。
サラサラなその液体は、香ばしい匂いも相まって食欲を湧き立てる。
「ありがとう」
「それじゃあ、ごゆっくりー」
そう言って給仕の子は奥へ引っ込んでいった。
「それじゃあ早速……」
先ずはそのままと、コータはソースを掛けずに一切れ口に含む。
(美味い! ……運が良いと言うだけの事はある)
肉を噛んだ瞬間、切り分けられた断面からは想像できない程の肉汁が溢れ出てくる。にも拘らず、調理法による影響なのか、あっさりとしていて食べ易い。
「もぐもぐ……(下味は塩コショウかな。このままでも飽きずに最後まで食べられそうだけど)」
コータは、傍らにあるソースを少しだけステーキへとかける。
そして口へ含んだ瞬間―――
「旨っ!?」
――思わず声に出た。
甘辛いそのソースは、コータの記憶では少しだけウスターソースに似ていた。だが、香ばしさは醤油に通じる物があり、不思議な感覚を覚える。
食感、味、香りと、コータの好みど真ん中なそのステーキは、コータのお気に入りとなった。
「……ちょっと早いけど寝るか」
食事が終わり、宿の部屋に戻って来たコータは、再び当面どうするかと考えていた。
受注依頼は受けられないが、外出が禁止な訳では無い。しかしながら、夜間は町の出入りを制限されてしまうと聞いていた。
となると、今日はもうコータはする事が無い。
更に、満腹感を得て眠気も出てきたので、今日はもう寝る事にした。